書籍・雑誌

『法隆寺の四季 行事と儀式』(法隆寺)

10月に奈良方面へ旅行し、法隆寺で買った新書タイプの書籍。

題名のように法隆寺の四季、主な儀式の式次第、それに詳細な用語集と年表がついた一冊である。

法隆寺の儀式は明治の廃仏毀釈で多く廃絶の憂き目にあったが、その中で続けられたものもあるし、近年復活されたものもある。その中で吉祥悔過(きっしょうけか・1月)、涅槃会(ねはんえ・2月)、聖霊会(しょうりょうえ・2月)、夏安居(げあんご・5~8月)など17の儀式について、その厳粛な式の様子を我々に伝えてくれている。

80ページ以上にわたる行事用語集も、一語一語を拾いながらを読んでいき、また文蔵仏具の写真を見ていくと、自然と心も世俗を離れ、信仰の世界へいざなわれる心地がする。

仏教儀式の荘重さと伝統の重みを体感できる本。

| | コメント (0)
|

竹宮恵子『吾妻鏡』(マンガ日本の古典14:中公文庫)

中公文庫の「マンガ日本の古典」のシリーズの一つで、上中下の三巻。

同シリーズのさいとうたかを氏の荒々しい『太平記』を読んだ後で、女性作家には坂東武者の描写は荷が重いかと思われたが、平家の公達(重衡)や頼朝の雅さは格別だし、巻を追うごとに次第に筆も厳しさを増して、鎌倉初期という時代を実に活写している。

特に素晴らしいのは源実朝で、あの純真で学問好きな少年→青年が、なぜあのように苦しみ、同族による無残な死を迎えならなければならなかったか、思い起こしても涙が出る心地がする。

また、優秀な組織人である梶原景時、清廉潔白な畠山重忠や好漢・和田義盛たちがなぜ死んでいかなければならなかったのか、またそうしてまで鎌倉幕府の権力を守った北条義時だからこそ乗り切れた後鳥羽上皇との対決~承久の乱~を思うとき、歴史の大きなうねりと、それを動かし、そこに巻き込まれていった人々に心を馳せざるを得ないのである。

女流作家の手になる同様な物語で、NHK大河ドラマの「草燃える」があり、著者もある程度は影響を受けていることと思うが、要所要所のエピソードの描写はなおそれよりも深いものもある。著者も巻末に書いているように、ページ数が足りないのが惜しまれるような大きなテーマであった。

男性的な武者たちを描くには仕方のない限界があるにせよ、鎌倉とは、そして武家政治とは、またその中で死んでいった人々のものの哀れとはということを、考えたり感じたりする最適の作品と言えよう。

| | コメント (0)
|

堀越二郎『零戦~その誕生と栄光の記録~』(講談社文庫)

これもまた古本屋で押さえた本。

零戦の設計者、堀越二郎氏の手記で、当事者の話だけに当時の事情が臨場感を持ってつづられている。

その過程を読むことで、何より「物を作る」ということがどういうことかを感じることができる。

最後のまとめには技術者の使命のようなことも書いていて、著者が振り返ってこの本を書いた気持ちもわかるような気がする。

「零戦開発物語」の基本的な書の一つであろう(奥宮正武氏の共著とは全く別の本)。

| | コメント (0)
|

井田哲司『ウナギ』(岩波新書)

「ニホンウナギ、絶滅危惧種へ」のニュースが届いたのは、この本を読み終わって数か月後だった。さもありなんとおもわれた。

小さなころはなかなか食べられれなかったウナギが、近年ではスーパーで比較的安価に売っているので、これは何かの進歩かと漠然と思っていたのだが、とんでもない。単にウナギの稚魚を日本だけでなく台湾・中国で大量に集めて養殖していたのである…。

本書は前半がウナギの神秘極まる生態とその解明の物語。後半がウナギをめぐる社会とのかかわりという構成で、科学の本としても、社会問題の本としても興味深く読める好著だ。

なにしろ稚魚を養殖しようとしても、養殖ウナギはほとんど雄になってしまっていて産卵できない!自然界でないと性的に成熟しないのだ。そこから始まり、本来太平洋の深海で生まれる孵化したばかりの稚魚のえさをめぐる悪戦苦闘など…。採算が取れる完全養殖ウナギへの道はまことにけわしく、生産のめどは立っていない。

ひるがえって川をさかのぼろうとするシラスウナギ(これを捕えて養殖する)を巡る争い…。密輸あり、捕獲地での銃撃戦あり、利権をめぐっての人間社会の構造がもろに出ている。

また、天然ウナギを保護する環境の問題。いかに生育力が強いウナギといえど、コンクリートで固められたダムを這い登るのは容易ではない。また、逆に海へ戻るウナギの行く手に水力発電所があれば、水路の中を滑り降りタービンで粉砕されてしまう。これもまた容易ならぬ問題だ。
これでは絶滅危惧種になるわけである。

絶滅危惧種の報道の時、「別に食べられなくても良い」といった声があったことは、人間の身勝手とその無自覚の凝縮ではないだろうか。ウナギは人間に食べられるために生きているのではない。別の意味の危機感を持たねばならないのだが…。

本書では「水産」ということへの目を開かされた。普段何気なく食べている水産物も、沖縄水産高校の校歌の歌詞に反して決して「無尽蔵」ではない。
賢く取り、育て、そして利用する知恵が必要という自覚は、少なくとも食べる人~市民~は持っていなければいけない。

自然科学の本としても、環境(社会)問題の書としても、この書はお勧めである。

また、ウナギを巡る状況が好転することを願う。

| | コメント (0)
|

岩満重孝『百魚歳時記』(中公文庫)

これも古本屋で押さえた本。

著者は画家なのか、文人なのか、ちょっと正体不明。
プロフィールにも「研究所等に通いはしたがほとんど独学で絵画を学ぶ」としかない。

週刊誌に連載したものを再編成したもので、2ページごとに魚の話題(名前、生息地、味、特長、読みこんだ俳句など)と、著者の魚の絵が乗っている。

中には俳人の勉強不足をなじる文があり、ちょっと衒学的な臭気もあるが、文章は基本的に洒脱で、リラックスして味わえる。

この本の中の魚表記はすべて漢字だ。鰆(さわら)、鰈(かれい)、鱵(さより)、鯳(すけとうだら)など。海栗(うに)、海鼠(なまこ)、蛸、烏賊、大正蝦などもある。

この著者、今でこそこんな本を出してタイトル通り「百魚」に精通しているが、小さい時には魚の生臭いにおいがダメで食べられず、鮪(まぐろ)だけは何とかなったが、鰤(ぶり)は親に「鮪だ」と騙されても脂っこくて食えなかったとある。人間は幼少期の枠を破って成長するものである。

読んでいると刺身で一杯やりたくなるし、釣りを趣味にする人は面白く読めるであろう。

| | コメント (0)
|

岩波新書「シリーズ日本近現代史」読了

祝、読了。

ずっと読みたいと思っていた懸案の書だが、全10巻あるので入ると数か月は他の本が読めないので、なかなか入れないでいた。

昨年末から読み始め、昨日やっと読了。手こずった巻もあったが、平均すると1冊約10日ほどで読んできた。

幕末から現代までの通史で、全くの初心者向けというよりはある程度の予備知識があって、その時代について認識しなおす、という人向きである。
とはいえ、戦後~現代にいたるまでの通史はあまりないので、その部分は一から勉強に近かった。

「幕末の幕府外交は高度に成熟したもの」という第1巻から始まり、今までの通念を見直し、時代認識を明確化する知見が盛り込まれている。
「誰もが国民になった」契機が日清戦争だったなど、少しぼんやりしていた明治時代の認識もクリヤーになった。

特に素晴らしかったのは第9巻で、「これが現代社会か」と思い知る心地であった。1970年代後半から何かが変わり、「自我の溶解」へ至るという社会学的考察で、今私たちが生きている時代の特徴を描き出す点でまことに明解で分かりやすかった。また少子高齢化の深刻さ(現代の山村が高齢化により機能しなくなり「限界集落」となっているように、社会自体が機能しなくなる「限界社会」を迎えるのであろうか、と)なども教えられた。

シリーズ全体の目指したものなどは各巻のあとがきや最終巻の終章にも詳しくまとめられている。

何はともあれ一つのシリーズを読破でき、得るものも多かったと感じている。

| | コメント (0)
|

山下康博『指揮官の決断』(中経文庫)

映画「八甲田山」で高倉健が演じた「徳島大尉」のモデルになったのが、この書の主人公・福島泰蔵大尉である。

私はこの書を書店で最初に見たとき、いかにもビジネス書にありがちな「八甲田山の失敗から学ぶ」というような軽薄な書かと思った。
しかし違った。この書の著者は青森在住で、部屋に福島大尉の写真を飾って日夜励ましをもらっているという方なのである。

新田次郎の小説や映画で良く知られる悲劇だが、それには伏線があった。
その少し前、青森第5連隊の神成大尉(映画では神田大尉)が小峠まで下見に行ったのだが、その日は非常に好天で、その予備知識がつい油断を生むことになったのかもしれない。
また、本質的にはあわただしい日程が準備不足・研究不足を生んだという一面もあった。

その点、弘前第31連隊の福島大尉は十分に研究・準備して臨んだのは小説等に詳しい。

結果、たまたまその日程は日本歴代最低低温を記録するほどの大悪天となり、目的地への道を失った青森第5連隊の雪中行軍隊は雪の中を彷徨し、200名以上を失うという大遭難になった。
反対方向から八甲田に入った福島大尉率いる弘前第31連隊の雪中行軍隊も、犠牲者は出さなかったもの八甲田山の突破は決して簡単ではなく、予定の日程より遅れ山中で眠らずに過ごし、その後何とか下山している。

自主独立の精神の持ち主の福島大尉は、理由はわからないが、上司の友安少将(第4旅団長:この遭難事件後に左遷)にも不満があったらしい。その辺りの事情も描かれている。

著者の、福島大尉への尊敬の心が伝わってくる好著である。

| | コメント (0)
|

中野理枝・広瀬裕一『海に暮らす無脊椎動物のふしぎ』(サイエンスアイ新書218)

とにかく面白い。

動物の分類で、節足動物、軟体動物、棘皮動物、刺胞動物くらいは知っていても、外肛動物、内肛動物、平板動物、環形動物、箒虫動物、扁形動物、無腸動物となるとどうであろうか?本書はそんな珍奇な?海の動物たちが目白押しである。

そういう海の無脊椎動物のさまざまな生態や生活が、美しい写真とともに解説されている。それに伴う面白い話はとてもここでは書ききれないくらい。

以前は一顧だにされなかったウミウシが昨今はブームだそうだ。固定観念を捨て、その美しさや種類の多彩さが見直されているということなのだろう。著者もそれに取りつかれ、40代になってから生物学の大学院まで行ってしまったという人である。

巻末には環境の保護や観察の方法の話もあり、これから海へ行く人のためのガイドにもなっている。

生物の進化の多様性と、海には私たちの知らない(人類がいまだ知らない、という意味も含めて)実に多様な生き物の世界が広がっていることを見せてくれる科学読み物だ。

| | コメント (0)
|

永井路子『私のかまくら道』(かまくら春秋社)

読了。

女性らしい感性の紀行記。鎌倉を歩いてみたくなる。

| | コメント (0)
|

論語

『中国名詩選』のあとの『杜牧詩選』が、植木さんの語句解説が詳しく良すぎてかえって短い通勤時間に向かず、代わって前から再通読したかった『論語』を読んでいる。

人間を押さえつけるような古い儒教道徳や儒教的な社会習慣が一掃された今、『論語』は人生や道徳の指南書、いや参考書として、多くの人が親しんでよい(親しんでほしい)書だと思う。

昨日も為政篇の「子張學干禄」(子張、禄を学ぶ:子張が仕官する道をおたずねした)のところを読み、孔子の挙げた答えは、就職活動に悩む若い人に指針になるのではと思われた。

(岩波文庫本 金谷治訳)

「子張が禄(俸給)を取ることを学ぼうとした。先生は言われた。『たくさん聞いて疑わしいことはやめ、それ以外のことを慎重に口にしていけば、過ちは少なくなる。たくさん見てあやふやなところはやめ、それ以外のことを慎重に実行していけば、後悔は少なくなる。言葉に過ちが少なく、実行に後悔が少なければ、禄は自然に得られるものだ〔禄を得るための特別の勉強というものはない〕』」

(孔子の台詞は現代語訳だと少しわかりにくいが、書き下しだとこうである。

「多く聞きて疑わしきを闕(か)き、慎みて其の余りを言えば、すなわち冘(とがめ)寡(すく)なし
多く見て殆(あやう)きを闕き、慎みてその余りを行えば、すなわち悔い寡なし
言に冘寡なく 行に悔い寡なければ 禄は其の中にあり」)

| | コメント (2)
|

より以前の記事一覧