文化・芸術

鉄道博物館開館三周年特別企画展「御料車~知られざる美術品~」

この土曜日に行ってきた。

非常に有意義な展示だと思う。

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人生

士(をのこ)やも 空しくあるべき
万代(よろずよ)に 語り続(つ)くべき 名は立てずして
                山上憶良 (万葉集978)

昨日の朝、TVをつけていたら紹介されていた万葉集の歌。

病床の山上憶良が若い友人からの見舞いの使者に対して、病いを説明する言葉のあと、しばらくして涙を拭きながら口ずさんだ歌。

男として生まれたからには空しく終わっていいものだろうか
後世まで語り継がれるような名声も立てずに

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神奈川近代文学館「生誕100年記念 中島敦展~ツシタラの夢~」

.8月2日(日)の最終日に見に行く。

こんな横浜に縁があった人とは知らなかった。東京帝国大学を卒業してから南洋庁に就職するまで、横浜高等女学校の教師として8年間も勤務していたのだ。
昔フェリスに音楽を聴きにいったとき、汐汲坂から降りる途中に幼稚園があるのが印象に残っていたのだが、実はそこがその女学校の故地だった。

意外な美食家で、中華街の短歌がおもしろい。

白く濃き 唐黍スゥプ 湯気たちて
あら旨けやな うす脂うく

國つ仇を 懲らし伐つとふ 國なれど
唐の料理の 憎からなくに

うましもの 唐の料理は むらぎもの
心のどかに 食ふべかりけり

しかし、持病の喘息が悪化し女学校を退職、南洋庁に就職して現地の子供たちの教科書の作成のため単身パラオに渡るも(当時日本の信託統治領)、肝心の気候は持病に悪く、植民地統治のひどい扱いにも絶望することとなる。
しかし、その一方内地では深田久弥が推薦し、本人の預かり知らぬところで雑誌掲載小説が評判となる。
かくて、作家デビュー。しかし、まもなく悲劇の最後が訪れる。この才能あふれる人がいよいよスタートというときになんということかと、展示を見て無念の思いだった。
韓非子を扱った小説「吃公子」のメモも展示されていた。未着手に終わったのがまことに惜しまれる。

ユーモリストで(それは「名人伝」などで窺えるけれども)、富士登山のさい「富士山は楽な山で、豚でも登れます」と夫人にはがきで書き送っている。

ちくま文庫の全集三巻を読破したくなった。暇ねーなー。

※引用の短歌の第二句はもちろん昭和12年に始まった日中戦争を踏まえてのこと。

《おまけ》
中島敦が高等女学校の第二学年に出した国語の試験問題の一部。いまの中学二年生である。

読み仮名及び解釈
1.只管
2.酣
3.爾来
4.鎬を削る
5.舳轤相銜む

解釈
1.木に縁って魚を求む
2.盾の一面のみを知る
3.眼光紙背に徹す

いかがかな?
これを考えると現代の教育は甘すぎるんじゃあ…。

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モクレン

通勤途上の幼稚園の敷地内にある白木蓮の木は白い花びらをいよいよ出して輝こうとしている。
私は宮沢賢治の「マグノリアの木」を思い出し、そばを通るときに「セント、マグノリア」とつぶやいてみる。

「サンタ、マグノリア。枝にいっぱいひかるはなんぞ。」
向こう側の子が答えました。
「天に飛び立つ銀の鳩。」
こちらの子がまたうたいました。
「セント、マグノリア。枝にいっぱいひかるはなんぞ。」
「天から降りた天の鳩。」

「ごらんなさい。あのけわしい山谷にいまいちめんにマグノリアが咲いています。」
「ええ、ありがとう。ですからマグノリアの木は寂静です。あの花びらは天の山羊の乳よりしめやかです。あのかおりは覚者たちの尊い偈を人に送ります。」

けわしい山谷を越えてきた主人公の前にいま咲き誇るマグノリアの木。私の青春時代以来何回も読み返した作品だ。

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