日本史

NHKラジオ「城と女と武将たち」終わる

毎週火曜日の午後8時30分からやっていた、静岡大の小和田哲男先生が戦国の城郭についての基礎知識を語ってくれるシリーズ番組。昨日に終了した。

ありていに言って大河ドラマ「江」の関連番組だが、内容は軽薄ではなく、城や戦国社会の該博な知識や、実際に城跡を見に行くときの注意点、着眼点なども紹介される。

昨日は「城の研究法と歩き方」ということで、城郭地名(城山、堀之内、根小屋、的場、下屋敷、馬場など)に関する注意と、地籍図(一筆ごとの区画が書かれた、いわゆる公図である)の利用、城下町を歩くときの注意点などを述べられた。

最後に、「今まで全く文献にない城郭遺跡が道路工事などで発見され、駆けつけて記録を取るもすでに手遅れというケースに良く立ち会った。普段から気を付けていただいて、まだ見つかっていない文献にもない城を探し出してほしい」と結ばれた。

実際に大学の先生に対面して、長年の経験から得た調査の勘所を教わっているような好番組であった。

聞かれていない方は、テキスト発売中です。たぶん…。

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NHKラジオ「城と女と武将たち」

ラジオ第二放送で毎週火曜日の午後8時30分から放送している「歴史再発見」の4月からのシリーズ。

静岡大の小和田哲男先生が戦国の城郭についての基礎知識を語ってくれる。

「歩く歴史学者」を標榜しているだけあって、実際に城跡を見に行ったときの勘所なども紹介される。

夜の帰宅後の楽しみである。

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文化文政

一昨日のNHK総合TVの番組「歴史秘話」の主題。

天明の大飢饉のあと、地方から食い詰めた農民が江戸に大量に流入し、江戸文化は今までの洗練されたものから「野暮」なものに変わっていった。

大酒飲み大会。「わいわい天王」や「すたすた坊主」などの奇習。タヌキを異常に愛する奇人先生。将軍家斉の乱脈政治。勝海舟の父・小吉の乱行…。

しかし、幕末に日本を訪れた外国人たちは日本人が明るく、愉快なことに驚く。それは当時の西欧とはまるで違うものだったという。最後のこのコメントは印象的だった。

さて、かつて昭和40年代終わりごろ?は経済も復興して「昭和元禄」と言われたものだが、昨今の退廃ぶりと不況下の一部の異常な繁栄は、ひょっとして「平成化政」か?

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海防艦

昨夜、『日本海軍護衛艦艇史』(海人社)を眺めていた。

敷設艇「怒和島」のことはかつてここでも紹介したが、戦前には海上護衛のことはほとんど頭に無く、専用の護衛艦艇を一隻も持たなかった日本海軍が、必死になって100隻以上の海防艦を作ったという事実は、太平洋戦争の本質を知らせてくれる。

この写真集の「海防艦」の項の扉にいみじくも記してあるように、「小型とはいえ、海防艦が実質的に日本水上艦艇の主力」だった。

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ラジオ「関が原合戦と直江兼続」Ⅵ

関が原戦後、また攻めて来た伊達を撃退し、その後、一年近くにわたる和平交渉を展開、上杉景勝が謝罪して家名は保ち、会津120万石から米沢30万石へ領地1/4の転封となる。

直江兼続は政治的意図から実子を排して本多正信の次男を養子にもらい、治水工事等で米沢を51万石まで、ほぼ収入倍増の治績を上げる。なにしろ収入1/4で家来は召し放っていないのだから必死である。内治の名家老であろう。

日本に残る最古の『史記』も兼続が京で入手したものとのこと(のち、鷹山の興譲館に受け継がれ、現在に至る)。

その後、養子本多政重は前田家の家老となり、実子も早世して直江家は断絶、菩提寺は徳川家を憚った上杉家のために破却される。

復権は明治を待たねばならぬ、と。

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ラジオ「関が原合戦と直江兼続」Ⅴ

昨日はいよいよ関が原本戦。

西軍の包囲陣の中深く突出した家康率いる東軍だが、石田三成隊が家中の結束固く予想外の奮戦をし、事前に成約していた小早川秀秋も裏切らず、南宮山方面からの挟撃の可能性も出てきて焦りの色が濃くなる。
意を決した家康の、小早川隊へ「問い鉄砲」を打たせるという策が効を奏し、戦勢は逆転、かくて東軍勝利となる、というところまで。

いきいきとした当時の状況の再現はさすが。

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ラジオ「関が原合戦と直江兼続」Ⅳ

昨日は帰りが遅くなり、半分しか聞けず。

徳川秀忠の中山道進撃だが、真田昌幸に阻まれて決戦に遅参したというよりも、「真田仕置き」がこの軍の本来の主目的で、その中途で急遽西上を指示されて対応できなかったというのが真相らしい。

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ラジオ「関が原合戦と直江兼続」Ⅲ

昨日は、上杉方の最上領への逆襲。

しかし、伊達政宗は擬態か?上杉と講和を結ぶし、越後から上杉領に侵攻するはずの堀は石田三成に「自分は西軍だから上杉方の一揆扇動をやめるように言ってほしい」と手紙を送っているし、最上も「人質を送るから」と直江兼続に手紙を送っているし、みんなどっちつかずのタヌキばかり。

結局、中央で関が原合戦で石田方が敗れ、勢いに乗じた最上の逆襲で直江兼続率いる上杉勢は大敗。

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ラジオ「関が原合戦と直江兼続」2

一昨日、聞く。

関が原合戦の折の上杉討伐戦。実際に上杉領内に侵攻して戦っているのは伊達政宗だけ。
その伊達も、家康が小山から反転・西上した情勢を見て和睦休戦してしまう。
そして隣の南部領の一揆を扇動。信長死後のときのように天下が乱れることを予想したのだが、中央では関が原が一日で決着がついてしまい、誤算となった由。

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NHKラジオ「関ヶ原合戦と直江兼続」

火曜日の20:30からやっているNHK第二放送の「カルチャーラジオ・歴史再発見」。

いかにも大河ドラマに便乗という題で、「武士道」の笠谷和比古先生が講師でなかったら絶対聞かなかったが、やはりおもしろい。一、二回を聞き逃してしまって惜しいことである。

昨日は第四回で、秀吉死後の家康を中心とした政争。朝鮮出兵で入った文治派と武断派の対立という豊臣政権の亀裂。そして従来、豊臣七将に追われた三成が「徳川家康のところへ逃げ込んだ」とされていたのは誤りで、きちんとした史料(「慶長見聞書」「慶長年中卜斎記」)をたどれば「伏見城の(五奉行だけに与えられた)自分の屋敷に逃げ込んだ」、そこでにらみ合いとなり、家康が五大老筆頭として調停したというのが正しいとのこと。誤りは徳富蘇峰が犯してそれに皆右へ習えしてしまったとのことだ。
職場から帰宅して聞いているが、こういう番組こそオアシスである。

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