漢詩

おめでとう平成28(2016)年

 幽州新歳作     唐 張説

去歳荊南梅似雪
今年薊北雪如梅
共知人事何嘗定
且喜去年華復来
邊鎮戍歌連夜動
京城燎火徹明開
遙遙西向長安日
願上南山壽一杯

去歳 荊南 梅雪に似たり
今年 薊北 雪梅の如し
共に知る 人事は何嘗(かつ)て定まらん
且(しばら)く喜ぶ 年華の去って復た来たるを
辺鎮の戍歌(じゅか) 夜を連ねて動き
京城の燎火 明に徹して開く
遙遙として西のかた長安の日に向かい
願わくば上(たてまつ)らん 南山の寿一杯

去年の正月は南方に流されていて、ちょうど白い梅が雪のように咲いていたが
今年は復帰し、北方に赴任して、今降りしきる雪が梅のようだ
人間の運命にどうして定めがないのかというのは誰でも知っていることだが
まあ、ひとまず新しい年を迎えたのを喜ぶこととしよう
ここ辺境の町では、兵士たちの歌が夜じゅう続いているが
今ごろ都長安では、年を送る宮殿のかがり火が一晩中燃えさかっていることだろう
はるか西の方長安に向かい
我が君の長寿を祈って一杯の酒をささげることとしよう

※7年ぶりに再掲してみた

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「苦熱行」

しつこいけれど、連日の猛暑と、東京都心の猛暑日連続記録更新を記念して、再再再掲載。

別のところで、『題名は「苦寒行」のもじりかもしれない』と書いたが、これは誤りで、「苦熱行」という題名の詩も多いらしい。

   苦熱行   唐 王轂

祝融南來鞭火龍
火旗焔焔焼天紅
日輪當午凝不去
万国如在洪爐中
五嶽翠乾雲彩滅
陽侯海底愁波竭
何當一夕金風發
爲我掃却天下熱

【書き下し】

祝融(しゅくゆう) 南より来たって火龍に鞭(むち)うち
火旗(かき) 焔焔(えんえん)として天を焼いて紅(くれない)なり
日輪 午(ご)に当たって凝(こ)りて去らず
万国 洪爐(こうろ)の中に在るが如し
五岳(ごがく) 翠(みどり)乾きて雲彩滅し
陽侯(ようこう) 海底に波竭(つ)くるを愁う
何(いつ)か当(まさ)に一夕(いっせき)金風(きんぷう)発し
我が為に天下の熱を掃却すべき

【訳】

夏の神である祝融が南からやってきて、乗っている火龍にむちを打ち
その火の旗はぼうぼうと天を真っ赤に焼いている
太陽は正午に南中したまま固まって中天から動かず
世界全体がストーブの中に入ったようだ
高山である五岳の緑も乾いて、かかる雲の彩りも失われ
海の神となった陽侯は海底で海の波が尽きるのを憂えている
いつになったら夕方に秋風が吹き始め
暑さにあえぐ私のために天下の熱を取り去ってくれるのだろう

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夏の朝に

もう旧暦で七月に入ってしまったが、李賀の「六月」から抜粋。

炎炎紅鏡東方開
暈如車輪上徘徊
啾啾赤帝騎龍來

炎炎たる紅鏡 東方に開き
暈(うん)は車輪の如く 上りて徘徊し
啾啾(しゅしゅう)として赤帝 龍に騎(の)りて来たる

炎炎として真っ赤な鏡が蓋を東方に開かれた
暈(かさ)のように吐き出す炎は天空に立ちもとおる
しゅうしゅうと鳴く龍に乗って炎熱の神がやってきたのだ

夏の炎暑の日の出の描写である。

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猛暑の詩・「苦熱行」

日輪 午(ご)に当たって凝(こ)りて去らず
万国 洪爐(こうろ)の中に在るが如し

のフレーズが印象的なこの詩を再々録してみたい。

   苦熱行   唐 王轂

祝融南來鞭火龍
火旗焔焔焼天紅
日輪當午凝不去
万国如在洪爐中
五嶽翠乾雲彩滅
陽侯海底愁波竭
何當一夕金風發
爲我掃却天下熱

【書き下し】

祝融(しゅくゆう) 南より来たって火龍に鞭(むち)うち
火旗(かき) 焔焔(えんえん)として天を焼いて紅(くれない)なり
日輪 午(ご)に当たって凝(こ)りて去らず
万国 洪爐(こうろ)の中に在るが如し
五岳(ごがく) 翠(みどり)乾きて雲彩滅し
陽侯(ようこう) 海底に波竭(つ)くるを愁う
何(いつ)か当(まさ)に一夕(いっせき)金風(きんぷう)発し
我が為に天下の熱を掃却すべき

【訳】

夏の神である祝融が南からやってきて、乗っている火龍にむちを打ち
その火の旗はぼうぼうと天を真っ赤に焼いている
太陽は正午に南中したまま固まって中天から動かず
世界全体がストーブの中に入ったようだ
高山である五岳の緑も乾いて、かかる雲の彩りも失われ
海の神となった陽侯は海底で海の波が尽きるのを憂えている
いつになったら夕方に秋風が吹き始め
暑さにあえぐ私のために天下の熱を取り去ってくれるのだろう

※夏の酷暑をユーモラスに活写して余すところがない。題名の「苦熱行」は曹操などの「苦寒行」のもじりかもしれない。

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春雨

  清明     杜牧

清明時節雨紛紛
路上行人欲断魂
借問酒家何處有
牧童遙指杏花村

清明 時節 雨紛紛
路上の行人 魂を断たんと欲す
借問す 酒家は何れの處にか有る
牧童 遥かに指さす 杏花の村

清明の時節に雨が煙るように降りしきっている
道行く旅人はその情景に気が滅入ってしまう
「お尋ねしますが酒屋はどこにありますか」と聞けば
牛飼いの子がはるかに杏の花が咲いている村を指さした

※「清明」の詩として有名だが、別に「春雨」とでも題したい。

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春の眺め

  東園晩眺    金 元好問

霜鬢蕭蕭試鑷看
怪來歌酒百無歓
舊家人物今誰在
清鏡功名歳又殘
楊柳攙春出新意
小梅留雪弄餘寒
一詩不盡登臨興
落日東園獨倚欄

霜鬢(そうびん)は蕭蕭として 試みに鑷(ぬきと)りて看る
怪しみ来る 歌酒 百も歓び無きを
旧家の人物 今 誰か在る
清鏡 功名 歳 又残す
楊柳 春を攙(たす)けて 新意を出だし
小梅 雪を留めて 余寒を弄す
一詩 尽くさず 登臨の興
落日の東園 独り欄に倚る

白髪混じりになった髪はさびしく、ためしに一本抜いてしげしげと見てみる
(昔と違って?)歌や酒も何も歓びがないと感じる
昔の名家の人々は今誰が健在だろう
澄んだ鏡に自分を映してみると、昔の功名と今の積もった年を思って複雑な想い
柳は春が来たという季節の動きを助けるように芽を出して新しい趣をのぞかせ
小さい梅の花には雪が積もっていてまだ寒が残っていることをしめしている
一篇の詩では、塔に登って眺める思いは描き尽くせない
夕日が沈む東園で、一人塔の欄干によりかかっている

※4月1日に更新しようとして更新し忘れていた…。

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春の風

さわやかな春の風に、月並みだけど、杜牧。

   江南春
            唐 杜牧

千里鶯啼緑映紅
水村山郭酒旗風
南朝四百八十寺
多少樓臺烟雨中

千里 鶯啼いて 緑 紅に映ず
水村 山郭 酒旗の風
南朝 四百八十寺
多少の楼台 煙雨の中

千里の彼方まで聞こえるかのような鶯の声 新緑が赤い花に照り映えている
水辺の村、山辺の街にも、酒屋の青い旗が風がなびく
昔、南朝の頃四百八十といわれた多くの寺々
その楼台が煙るような雨の中にぬれている

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春望

震災にちなみ、朝の通勤電車の中でたまたま杜甫の「春望」を読んでいたら、泣きそうになってきた。

  春望  杜甫

国破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別驚鳥心
烽火連三月
家書抵萬金
白頭掻更短
渾欲不勝簪

国破れて 山河あり
城 春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火 三月に連なり
家書 万金に抵(あ)たる
白頭掻けば更に短く
渾(す)べて簪(しん)に勝(た)えざらんと欲す

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年末の漢詩

  獨坐       唐 寒山

獨坐常<摠摠>
情懐何悠悠
山腰雲慢慢
谷口風[風叟][風叟]
猿來樹嫋嫋
鳥入林啾啾
時催鬢颯颯
歳盡老惆惆

独坐して常に<摠摠>(そうそう)
情懐 何ぞ悠悠(ゆうゆう)
山腰(さんよう) 雲は慢慢(まんまん)
谷口(こくこう) 風は[風叟][風叟](しゅうしゅう)
猿来りて樹 嫋嫋(じょうじょう)
鳥入りて林 啾啾(しゅうしゅう)
時催して鬢(びん)颯颯(さつさつ)
歳尽きて老 惆惆(ちゅうちゅう)

山に一人暮らしを始めてから常にいそがし
この思いはいついつまで
山の中腹に雲はむくむく
谷の入口で風はしゅうしゅう
猿がとまって木の枝はしなしな
鳥が来て林でぴーちくぴーちく
時は移って髪はぼさぼさ
一年は終わり 老いがさむざむ

※<摠摠>は本当は手偏がない。

※八句続いて畳字を用いている奇作。

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唐詩の風景

今朝も4時前に目が覚めたので、植木久行『唐詩の風景』を開く。

長安南郊の紫閣峰や昆明池の情景を味わいつつ、長安の章を終わり、洛陽へ。

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