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2012年2月

雨水

この前の日曜日が雨水だった。

少し冷え込んだが、すでに日の光は早春という感じで、予報でもこれkら暖かくなることが予想された。

所用があって曽我の梅林に行ったが、例年ならすでに満開に近く、路上も散策する観光客でにぎわう時期だが、まだ固くつぼみを閉ざしており、観光者も少なかった。開花が遅いのは積算温度の関係だろうか。

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立春を過ぎて

立春を過ぎ、朝の日の光が心なしかぐんと強まった気がする。

雪国ではまだまだだが、そうでない地方ではもう「春一番」なども半月後くらいのことであろう。

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立春

昨日、立春。

今日の天気図と予想天気図を見ると、大陸から張り出してきた高気圧が今日は東に抜け、そのあとを受けて明日には日本南岸に前線を伴った低気圧が進んでくる。春近しという感じか。

今朝はそれに呼応するように、どんよりとしたうね雲が空に広がっている。

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山岡鉄舟

昨日の「歴史秘話ヒストリア」で、江戸へ西征する新政府軍の西郷と、使者として立った山岡鉄舟の話をやっていた。

若き日の貧困、そして疎外や流罪などの艱難で磨かれた魂同士の出会いと交流に感銘を受けた。

山岡鉄舟が日に多い日には剣術の立ち合いを200もこなし、剣に打ち込んでいたことも考えさせられる。橋本左内が「日本は尚武の国」と書いているが、読書階級としてだけでなく、有事の際を考えた武技(今でいえばスポーツでというべきか)を磨いていた武士階級があったからこそ、日本は列国の帝国主義の渦巻く難局の時代を乗り切れてきたと思う。

また、両者が若いこと。明治の政変で西郷が下野した時に、侍従として仕えていた鉄舟が明治天皇の命を受けて説得に向かったが、そのときでも西郷は40代後半であり、明治天皇のいわば「教育役」だった鉄舟は30代である。

「人間五十年」の時代であるが、人間すでに30代に達すればいっぱしの仕事ができ、40代であれば国家の舵取りができるることを示している

上述のように鉄舟は維新後、西郷に乞われて明治天皇の侍従となり、また無刀流という一派を開いた。

現在の無刀流の先生の言によると「勝とうとか負けまいとすると隙が生じる。無の境地で」と語られていた。相手の思惑におもねらず、「直」を通した鉄舟の行動にも通じるものがある。私も今日から「無刀流」でいきたい。

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