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碓氷峠

登ってきた。

以前にも一回、横川から旧道を登ったのだが、その時はおそらく6月または7月で暑く、やたらきつくて脱水症状になりながら登った記憶がある。

横川駅からすぐに駅前の旧街道を行く。少し登ってから坂本宿までの一本道だが、途中脇本陣の建物や俳人の業績を知らせる立札が多く立っていて、よほど整備された感じだ。

アプト道の上を越え、車道から離れて山道へ。前回はこの急坂に驚いたが今回は経験済みのせいかさほどには感じない。むしろ道は歩きやすく感じる。

上がってなだらかなところを進む。前は廃線の線路橋を見下ろしていたのだが、今回見落としたか?途中昼食をとる。再び坂になったところに赤紫色の山つつじがまるで植えられているかのように咲いていた。

刎石、馬頭観音など、前回にはなかった(あるいは意識朦朧として見落としていたか?)立札が随所に立っていて街道の理解を助ける。

山中茶屋の立札で、ここは茶屋だけでなく明治期には小学校まであった由。ここから再び急坂になり、そのために昔の旅人はここで餅などを食してから坂に挑んだ由。前回はいったん上がってからなだらかな道が続いていたために油断し、ここからの急坂と暑さでやられたらしい。

だいぶ登っていくとまた立札と文学碑、下にはワサビ田が見える。坂の最上流の水を利用しているのであろう。これも前回には記憶にない。最近できたか。

と思う間もなく熊野神社到着。二回目はやはり近く、楽に感じる。前回は命からがら自販機で水分補給したものだ。参拝し、御籤引く。売店の宮司さんと話。

軽井沢へ向かって下りる。旧軽井沢へ。「旧軽銀座は好きじゃない。東京と同じだから」と言っていた人がいたが(言っていたのは妹尾新※)、確かに観光地然とした雰囲気はあるものの、道も比較的広く、風も爽やかで、東京とはだいぶ差があるように思う。もっとも夏は雑踏がひどいのであろうが。

そこから駅までが意外に遠い。結局神社(碓氷峠山頂)から駅まで1時間かかった。

帰りはJRバスで横川へ、そこで30分待って(JRバスなんだから10分後くらいに接続してくれよ!)、高崎行の電車に乗って帰る。乗ってから発射を待つ間、ホームの柱の駅名票を見ながら感じたことだが、ここはかつて長野方面への動脈信越本線の途中駅であり、いよいよ関東を脱する、あるいはようやく関東の一端まで帰ってきた特急や急行列車が山越えの機関車の連結、切り離しで止まった駅であった。今は無残に行き止まりとなり、同じ駅でもただのローカル線の終着駅にすぎぬ。何か非常にみじめなものを感じた。

ここは意外に行くまでに時間がかかるけれど、面白い道歩きだと思う。

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