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2010年1月

アライグマが文化財を

昨日のニュースで「正倉院に多数のアライグマの爪の傷跡」という報道があった。

北米原産だが、関西では野生化して繁殖し(繁殖?!それだけ数がいるんかい)、故郷の森の大木と思って寺の柱にも登ったりするらしい。

ペット?として外国から持ってきて結局逃がして生態系を破壊しているのでは、なんか愚劣というほかない。

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プレヤデス星団の食

今日は20時30分頃を中心にプレヤデス星団の食(すばるを月が隠す)だが、帰宅途中、星は輝いているものの薄く雲がかかっていて観望は難しそうだった。

もとより、双眼鏡がないと楽しめない現象ではある。

次は2023年まで起こらない由。

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昨日の朝は、薄くちりめんのようになった絹雲が、その名の絹のような奇観をなしてとても美しかった。

その後、風もなく穏やかな日となり、紅の梅がもう咲いて香っていた。

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大寒

毎年同じことを書いているが、今日は大寒。一年中で最も寒い(正確には1月25日頃)。

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布施直春『わかる!使える!労働基準法』

昨日読了。有益。

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封神演義のDVD

今日は冬の土用の入り。以後立春までの冬の余りの期間だ。

さて、昨日神保町を歩いていると、「封神演義」のDVDをやっているのにぶつかった。

パンフレットを見ると、〔女旦〕己(ダッキ)がいかにも怪しい女の雰囲気が出ていてよろしい(映画「墨攻」に出ていた人らしい)。

書店の映像では、ちょうど文王が八卦を研究して「易経」を著しているところだった。呂尚が妖術を使って尾行者をまいていた。

全38話をDVD7枚組と6枚組の二箱でそれぞれ\15,750。ちょっと見たく思う。

神保町に行ったのは前から懸案の『中国文明の歴史』全12巻のうち5巻から12巻までを押さえるためで、それにおまけとして(書店で目に付いて)『中国少数民族 食と農の知恵』がくっついてくる。それから注文でも無くて欠巻となっていた東洋文庫の『三国史記』第三巻を発見。あまり使わないけれどゲットする。そのおまけは「科学」12月号の太陽特集。

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『天文年鑑2010年版』

今年最初の読了本がこれかい(笑)。

でも通読してみると、今年の天文現象のチェックだけでなく、普段あまり読まないでいる最近の天文学の動向がわかって面白かった。1年に一回のことであるし、これからは年末に買った時に通読せねばならぬ…。

今年の日月食は
・1月1日早朝の月食;ほんのちょっと欠けるだけ
・1月15日の日食:西日本で欠け始めたところで日没。東京でギリギリ。
・7月12日の日食:イースター島の皆既日食
・12月21日の皆既月食:皆既に入る頃に月が上ってくる
で、年末のやつは火曜日の夕方だが期待できそうだ。

星食では1月25日にプレヤデス星団の食がある。次は2023年まで起こらない。また惑星食を含め日本で見られる2等星以上の星食はない。

ペルセウス座流星群は8月12/13日が極大の由。

7月から8月にかけて夕空では金星・水星・火星・土星、それに月が集合し、見事な眺めになる模様。
金星は今日外合で以後宵の明星となり、10月28日に内合となって明けの明星に移る。その間9月24日と12月4日に最大光度となる。
火星は1月31日に衝だが今回は小接近で、2003年の大接近の2倍近くも遠い…。

以下、今年の現象は略すが、TNO(太陽系外縁天体)とか輪と衛星の表とか、小惑星の命名とか人工天体とか「最近の時」などじっくり読んでいると勉強になる。

ただ今年気がつくのは誤植が多いことだ。彗星の図が入れ替わっていることは中差しで訂正されているが、1月1日の月食の図の時刻は早朝の現象なのにもかかわらず夕刻だし、TNOの頁ではセドナを準惑星としているが、準惑星の頁にはその記述がない。1月1日を「元旦」としているがこれは「元日」の誤り。あと二三私が見ても怪しいというのがある。経費削減か何かで校正まで手が回らないのだろうか。

ともかく、通勤途上などでこれを読んでいると心が清新となる。

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残月

今朝、5時半に目覚めると、窓の外に三日月をひっくり返したような25日の月が晧々と輝いていた。

外に出てみると、東の空に織女がすぐそれとわかる青さで輝いて見え、中天には牛飼いと獅子が、南天にはからす座の四辺形がやや西よりにかかっていた。

月は天秤座にあって、夕方に見る月よりも輝きが冴えているようだった。

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小寒

今日は小寒。

正月で新春気分になったのが、また冬に逆戻りしてしまう。本来なら

  冬至-小寒-大寒-立春(その頃に一月一日)

という順序で来るはずが、現行の年初は冬至(=一陽来復)と対応しているため、中国・日本の旧暦と食い違いやどんでん返しがかなりはなはだしい。

「雁が早くも北に向かい、鵲が巣作りを始め、雉が雌を求めて鳴く」と。以後寒気は最もきびしく、月末の大寒においてその極致に達する。

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張良、字は子房

今年は漢の高祖劉邦の軍師・張良、字は子房をしのぶ詩で決めたい。
(注:ヒ=〔丕β〕 イ=〔土巳〕である)

経下〔丕β〕〔土巳〕橋懐張子房   李白(唐)

子房未虎嘯
破産不爲家
滄海得壮士
椎秦博浪沙
報韓雖不成
天地皆震動
潜匿遊下ヒ
豈曰非智勇
我來イ橋上
懐古欽英風
唯見碧流水
曾無黄石公
嘆息此人去
蕭條徐泗空

下ヒのイ橋を経て張子房を懐(おも)う

子房 未だ虎嘯(こしょう)せざりしとき
産を破り家を為(おさ)めず
滄海に壮士を得
秦を椎(つい)す 博浪沙(ばくろうさ)
韓に報いるは成らずと雖も
天地皆震動す
潜匿して下ヒに遊ぶ
豈 智勇に非ずと曰わんや
我 イ橋の上(ほとり)に来たり
古を懐い 英風を欽(した)う
唯 碧流水を見る
曾(かつ)て黄石公(こうせきこう)無し
嘆息す 此の人去りて
蕭條として徐泗(じょし)の空しきを

漢の軍師となった張良がまだ天下に雄飛していない頃、家産を傾けて壮士を雇い、博浪沙(ばくろうさ)で秦の始皇帝を襲撃、力士に鉄槌を投げさせたがはずれ、暗殺は失敗におわった。
故郷・韓の国の仇を討つことはできなかったけれども、大それた企てに天下は皆揺れ動き震え上がった。
そのまま追っ手から逃げ、ここ下ヒの町に身を寄せたが、これを智と勇と言わずにおれようか
私(李白)はイ橋にやってきて、張良の故事を思い英雄の気風にあこがれる
ここは今はただ青く川が流れているのを見るだけで、張良に兵法書を与えたかの老人の姿も無い
歎息する。古の英雄はもう行ってしまって、徐州泗水のこのあたりも何か空しいのを。

※漢楚の戦いを描いた本宮ひろ志の漫画『赤龍王』の冒頭で、張良の始皇帝暗殺と老人との出会いが活写されている。そのシーンの最後、兵法書を与えた老人が去っていく場面の背景にこの詩を配置したく思ったものだ。

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元日の天象

明けましておめでとうございます。

昨大晦日は、最後の日没が雲の峰が輝き、夕焼けもすばらしく、前途を祝福するように見えた。
そして満月が大きかった。大晦日から元日にかけて満月というのも奇観だろう。

今朝は部分月食だった由。4時22分頃に最大食分0.08と、ほんの少し欠けるだけ。今朝私が初日を見に家を出たときには、完全に復円してまん丸な月が地平線上に浮かんでいた。

初日は毎年家の近くから見ていて、去年は雲一つなく房総の山から直接上がってきた大快晴であったが、今年は地平上に若干の雲があり、その場に到着した時にはその雲の上がすでに輝いていた。
今年の偉観はむしろ遠く離れて低く浮かんでいる積雲で、金色でなく紫色に染まり、「紫雲」「瑞雲」という言葉を思い起こさせた。地平上の雲が虎のようにうずくまったのも瑞兆のようだった。

雲のため若干遅れて7時頃朝トン〔日敦〕が輝きだし、まばゆい光線を送った。

そのあと近所の地蔵への参拝を終え、高台から西を望むと白雪をかぶった初富士が大きく威容を見せていた。丹沢の山も赤みを帯びて、さえぎるもやもなくハッキリと見えた。

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