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2009年12月

除夜

  宮詞     王建

金吾除夜進儺名
画袴朱衣四隊行
院院焼燈如白日
沈香火底坐吹笙

金吾 除夜 儺名(だめい)を進め
画袴 朱衣 四隊行く
院院 燈を焼いて白日の如し
沈香 火底 坐して笙を吹く

大晦日の夜、宮中の金吾衛が鬼やらいをするものの名簿を天子にたてまつる。
美しい模様の袴をはき、赤い衣を着た少年たちが四隊に分かれて宮中を練り歩く。
どの中庭にもかがり火が燃えさかって真昼のようで
沈香をたく火のそばで楽人たちが座って笙を吹き、音楽を奏している。

※宮中の大晦日の夜の風景。
儺(鬼やらい:悪鬼を祓う)をする方相氏は、仮面をかぶり黒い上着、赤い袴を着て、手に矛と盾を振り上げるという。日本の「なまはげ」はこの変型であろうか。

「除夜」の「除」とは「旧きを除き、新しきを布(し)く意」とある。

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別歳

蘇軾の忘年会(=別歳 べっさい)の詩を読む。

別歳

故人適千里
臨別尚遅遅
人行猶可復
歳行那可追
問歳安所之
遠在天一涯
已逐東流水
赴海帰無時
東鄰酒初熟
西舎?亦肥
且為一日歓
慰此窮年悲
勿嗟旧歳別
行與新歳辞
去去勿回顧
還君老與衰

故人 千里に適(ゆ)く
別れに臨んで尚お遅遅たり
人の行くは 猶復(かえ)るべし
歳の行くは 那(なん)ぞ追うべけん
歳に問う 安(いず)くに之く所ぞ
遠く天の一涯に在り
已に東流の水を逐い
海に赴いて帰るに時無し
東隣 酒初めて熟し
西舎 テイも亦肥ゆ
且(しばら)く一日の歓を為し
此の窮年の悲しみを慰む
旧歳の別れを嗟(さ)すること勿れ
行ゆく新歳と辞せん
去れ去れ 回顧すること勿れ
君に老と衰とを還さん

知人が千里の遠くまで行くときは、別れに当たってまだぐずぐずしている。
でも人が行ってしまうのはまた帰って来ることもあるが、歳(とし)が行ってしまうのはどうして追うことができようか。
行ってしまう歳に問いたい。一体どこに行くのかと。
(歳の答え)「遠く天の果て、東に流れる水を追って行ったら、どんどん海まで行ってもう帰って来ることはない」
東隣の家の醸している酒は出来上がったばかりで、西の隣の豚小屋の子豚もまた肥えている。
しばらく忘年会で今日一日の楽しみを為し、この歳末の悲しみを慰めよう。
旧い歳との別れを悲しむことはない。やがては新しい歳とも別れるのだから。
(旧い歳よ)どんどん行け。振り返るな。この老いと体の衰えを君に返すから持っていってくれ。

※テイは「ブタ」のあの字ッスよ

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冬至

今日は冬至。

というか、どうも旧暦のように冬至が十一月にないとしっくりこない感覚になってしまっている。大晦日の夜に「歳除夜」があり、冬至の前夜の「至除夜」と近接しすぎてしまう。

その一ヵ月後に、節分=立春=春=正月となったほうが、季節感的には良いような気がしてきた。

昨日職場の食堂の日替わりでワンタンメンだったが、冬至にちなんだのか?多分違うと思うけど…。

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浅草歳の市

『江戸の歳時風俗誌』(講談社学術文庫)を見ると、歳末の有名な歳の市として

十四、十五日     深川富岡八幡宮境内
十七、十八日     浅草観世音境内
二十、二十一日   神田明神社境内
二十二、二十三日  芝神明宮境内
二十四日       芝愛宕山権現下
二十五、二十六日  麹町平河天神宮境内

とある。

その中で今日・明日の浅草歳の市がもっとも賑わったゆえ、「歳の市」といえば浅草のそれを指すようになった由。正月用品を買う人でごった返したという。

浅 草 の 二 日 は 江 戸 の 台 所

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COP15

前掲、小西雅子『地球温暖化の最前線』で、今回のコペンハーゲン会議で京都議定書に続く2012~の5~8年の削減目標その他の合意に達する「締め切り」であること(これは2007年の「バリ行動計画」で決定)を知った。

京都の6%も達成感がないのに、もう次の待った無しの段階に入っている。あと一週間~10日で決定できるのか?引き続き同書で学びながら注目したい。

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世田谷ボロ市

暦によると、今日は「東京世田谷ぼろ市」。

野尻先生の随筆『鶴の舞』で大正(昭和初期?)の姿は知っているが、現代ではどうなのか?

明日は朔で、やっと旧暦の十一月・霜月になる。

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サントラとキャラソン

昨日は十二月十三日で「すす払い」、今日は十四日で赤穂浪士討ち入りの日だった。

岩波ジュニア新書の『地球温暖化最前線』を読んでいる。岩波書店の中国詩人選集の『詩経国風 上』(吉川幸次郎注)も昨週末から興が乗っている。前者はCOP15に合わせてカレントな話題として緊急投入。

今日帰りに「坂の上の雲」のサントラCDを買いに行ったら、「家庭教師ヒットマンリボーン」の新しいキャラソンがいつのまにか出ていたのであわせて4枚買ってきてしまった…。

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家庭教師ヒットマンリボーン33

ひどく久しぶりに見た。

ボンゴレアジトにやってきたディーノがつれてきた亀をめぐる一騒動。

どういういきさつでビャクランが攻撃を待っているのか見ていなかったが、まだ平和ムードだ。

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冬晴れ

今夜、帰宅途中22時30分頃、夜空一面に広がる冬の星座がすばらしかった。特にシリウスなどあきれるほど大きかった。

『詩経』国風を読む。「柏舟」「緑衣」の二編がわが心のようで胸に響いた…。

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白石良『敷設艇 怒和島の航海』

敷設艇「怒和島(ぬわじま)」。排水量720トン。平島型敷設艇の八番艦。昭和17年11月15日竣工。船団護衛、機雷敷設に活躍。昭和20年4月30日、佐伯港内で爆弾が命中、艇長の判断で対岸の大矢島に擱座、同年除籍。

戦艦、空母の海戦記は多くあるが、こういった小艦艇となると少ない。それだけに興味深い。

艇長・久保忠彦大尉は、高等商船学校出身で民間で航海士をしていたいわゆる予備士官で、正規の海軍士官ではない。しかし操艦はうまく、また戦いに備えて司令部と交渉して対空用の機銃を次々に装備するなど有能な艦長で、乗組員も「うちのフネはニトッパ(二等駆逐艦)より上」と自負していた。そのため小艦艇ながら士気は高かったのである。

前甲板に高角砲を一門装備していたが、試射に失敗したため艇長は以後発射を禁止した(オイオイ)。なにしろ優秀な砲手は戦艦や巡洋艦に取られてしまっているため、小艦艇では腕のほうは怪しいもので、怒和島も他の海防艦の射撃訓練で標的を曳航したりするのだが、真上に砲弾が飛んできたりするらしい。メインの武装は対空機銃と対潜用の爆雷である。

一番傑作なのは爆雷で魚を取っていること。
一回探知機で潜水艦らしき影に爆雷攻撃をしたところ、魚が大量に浮き上がってきたので(魚群だったらしい)それに味をしめ、爆雷を投下して爆発させて浮き上がってきた魚を取って食べ、食べきれない分は甲板やマストに縄を張って干物にしていた。それを司令部に供出したために機銃弾などの搭載兵器も豊富に割り当てられた。
しかし爆雷は高価なため、機雷科と機銃の准士官の間でその実施を巡ってしばしば喧嘩になった…。

佐伯を根拠地にして、豊予海峡を出港していく船舶の護衛に従事。時にパラオや、戦争末期には沖縄方面への護衛任務についた。石垣島では停泊中に機銃で敵機を撃墜し、島の人に「防備隊の対空砲火がさっぱりあたらないので、今回は溜飲を下げた」とほめられたこともあった。このときは乗組員のとっさの判断で微速前進をし、爆弾の難を逃れたのであった。もちろん、護衛中に敵潜の魚雷攻撃など危ない体験もしている。

最後は上記のように空襲により被弾、島にのし上げて沈没を防ぎ、終戦を迎えた。
本書は聞き書きとしてまとめられているが、小著ながら小艦艇の戦争を活写した本であると思う。

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砺波のチューリップ

珍しくニュースの話題.

昨日朝のニュースで、富山県・砺波市の、米の休耕田でチューリップを作っている農家の助成金が、米の戸別補償制度というのが今回発足して打ち切られるかもしれないとのこと。

球根の価格は低迷しており、これにより作付けを諦めざるをえない農家も出てくるし、ひいては地域の衰退と市長さんも危惧していた。

農業、地域振興、ともに国が支援しないといけないことなのだが、やみくもな緊縮は問題である。

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安倍昌彦『斎藤世代』

「流しのブルペンキャッチャー」である著者が、早大・斎藤佑樹投手と同世代(平成18年夏に高校三年生)の野球選手たちに取材した本。

取り上げられた面々は
・山田浩喜(大阪城東工高→ヤクルト:投手)
・前田憲麻(九州学院高→上武大:三塁手)
・平野和樹(平安高→東北福祉大:捕手)
・谷口秀峰(日南学園高→横浜商科大:内野手)
・若松政宏(大坂桐蔭高→近畿大:外野手)
・野村祐介(国士舘高→国士舘大:二塁手)
・山口一平太(福井商業高→福井工業大:外野手)
・武山伍織(釧路江南高→道都大:投手)
・仁平昌人(日大鶴ヶ丘高→立教大:投手)
・小川 優(東濃実業高→愛知学院大:投手)
・上杉芳貴(豊田西高→中京大:投手)
・藤井貴之(天理高→同志社大:投手)
・謝敷正吾(大坂桐蔭高→明治大:一塁手)
・渡邉貴美男(文星芸大付属高→国学院大:遊撃手)
・庄司 輔(修徳高→国学院大:一塁手)
である。

著者の「野球選手を野球だけでなく、一人の青年として捉えたい」という姿勢には好感をもてるし、まだまだ全国にたくさんいる注目株の話はやはり興味深い。
半面、ちょっと記述が感傷に走る、話の時系列が良くわからないという欠点もあって、少してこずった本でもあったのだが…。

最近の雑誌から選手たちの活躍を拾ってみると

・前田(上武大)神宮大会出場・三番、

・平野(東北福祉大)春ベストナイン捕手、

・山口(福井工大)打率リーグ6位、

・若松(近畿大)大学選抜vsU-26戦の大学選抜4番、

・上杉(中京大)防御率リーグ2位、

・渡邉(国学院大)秋ベストナイン遊撃手

という具合。

野球というスポーツに賭ける青春群像だ。

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こと納め

今日は八日で、前に紹介した「こと納め」、さらに暦を見ると「針供養」のほかに「納めの薬師」とある。なんだろう?

事 納 め 大 き な 笊 も 見 苦 し い

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大雪にちなんで

これは前にも紹介したかもしれないが、『唐詩歳時記』(講談社学術文庫1190)に「大雪 冬至」の項の次として「雪夜の酒」の項があり、白居易の「数盃(すうはい)の温酎(おんちゅう)、雪中の春」の名句を引いている。

燗をした暖かい酒を数杯傾ければ、雪がしんしん降る寒い夜でも、まるで春を迎えたようだというこの気持ち、冬ならではの酒の楽しみといえよう。

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大雪

明日は二十四節気の大雪。

今日は日中本当に暖かな心地の良い日だったが、明日からは西高東低で寒くなる模様。

大雪にはヤマドリが鳴かなくなり、虎が交尾をはじめ、茘(れい:大にら)が芽を吹く、と。
全然ぴんとこないが。

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「週刊ベースボール大学野球2009秋季リーグ戦決算号」

を昨日買ってきた。

まだほかの本の順番が詰まっているから最初を読んだだけだが、あらためて今秋の東京六大学野球の経過を見直してみると、早大の第6週までの首位独走から四連敗して一気に四位への急降下は、嘆きを通り越してなんか笑ってしまう。

その結果、優勝の明治が8勝5敗 勝ち点4 勝率.615、2位の慶応が8勝4敗 勝ち点3 勝率.667と、優勝チームの勝率が2位チームを下回る珍事となった(リーグ史上6度目)。また勝率.615での優勝はリーグ史上2番目に低い由。

さらに、5位の立教は7勝7敗 勝ち点2 勝率.500で、5位チームがリーグ史上始めて勝率5割を達成する「偉業」を成し遂げた。
ちなみにそれまでの5位の戦後最高勝率は昭和23年春の立教で、7勝8敗だった由。

いかに今季が大混戦だったかわかる…。

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野村克也『エースの品格 ~一流と二流の違いとは~』

「素晴らしい」の一語に尽きる。

じっくり取り組むので読むのが遅い私が、実質二日で読み終わってしまった。

組織には、常に組織の事を考えて率先して皆の「鑑」(かがみ)になる者がおり、それがエースであり、四番打者であるということ。

そして、感じ、考える力が、天性の能力だけでは対処できないプロの環境にはいかに大切かということ。文章もまことに理路整然と力強く、訴えかけるものがある。

最後は最近の若者の風潮もあわせ、憂国の筆致をも帯びている。これから人生を切り開こうというすべての人に読んで損のない本とお勧めしたい。

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事納め または事始め

『江戸の歳時風俗誌』を読んでいて、十二月八日に「事納め」として、ザルを竹さおの上部に付けて屋根の上に掲げる奇習があると知った。天から財宝が降るのでこのザルで受けるのだと。現代でもやっているところはあるのだろうか。

これを「事納め」といい、この日から歳暮年始の行事を始める。各戸の屋根の上にザルを掲げているのを見て、江戸の市民は正月の近きを知ったという。

年明けの二月八日を「事始め」といったが、逆に十二月ほうを、正月の準備を始めるので「事始め」といい、二月を「事納め」ということもあった。二月になって「事始め」というのはちょっと遅すぎるから、後者のほうが心情としてはしっくりくる。

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満月

昨日は既述のように旧十月十五日で、今日も澄んだ空に満月が美しい。

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師走

恒例により模様替え。

旧暦ではまだ十月(今日が十五日)なので、昨日まで『江戸の歳時風俗誌』(講談社学術文庫)の「十月」の項を読んでいたが、今日から今度は新暦にあわせ「十二月」の項へ飛ばねばならない…。

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