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阿土拓司『痛恨の航跡~空母冲鷹よ 安らかに眠れ~』

空母「冲鷹」(ちゅうよう)。排水量17,830トン。前身は日本郵船の新鋭の海外航路の豪華客船三隻の一つ「新田丸」。
著者は日本郵船時代から同船乗り組みの航海士で、空母に改装されたあとも海軍に徴用されて引き続き乗り組みとなり(運用長)、沈没まで立ち会った人である。

空母「冲鷹」というと「大鷹」「雲鷹」「海鷹」「神鷹」とならんで、商船を改造して空母にしたものの実際は飛行機運搬船として使われ、潜水艦の魚雷であえなく沈没、というイメージしかなかった。何のためにこんな空母を作ったのかわからない…。
そんな商船改造空母のことが知りたくて、インターネットで検索して注文した本だった。

その前身の「新田丸」は、時局の推移で欧州航路でなく北米航路についたものの、贅を尽くした当時最新式の客船で、一等の船客には午前10時頃にビーフ入りスープが無料で振る舞われるというスゴイ船だった。並みの客船でなく日本を代表する豪華客船だった。そのへんが引用をまじえて述べられる。また、改造前に海軍に徴用されてからの「新田丸事件」の一部始終も。

空母に改装されてからも、飛行機の輸送が主な任務だから華々しい海戦記など当然ない。描かれているのは僚艦「大鷹」が敵潜水艦の雷撃を受けて機関停止し、曳航していくこと(「冲鷹」運用長である筆者にとっても初体験以前にその方法すら学んだことがなかった)。そして八丈島沖で潜水艦に三回にわたって攻撃され、沈没することである。
筆者はそのさい海中の筏につかまって漂流した。疲労のあとの冬の荒い海での漂流であり、負傷はしていなかったが次第に意識朦朧となり、やってきた護衛駆逐艦に救助されて九死に一生を得た。救助の記憶もほとんど断片的なのだから危ないところだった。

最後に、長年の海運従事者として、昨今の日本の海運への憂慮が記される。海運を他国籍の船に任すことへの警鐘である。

はなばなしい海戦物とは違うが、素朴で貴重な証言である。

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