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2009年9月

オリオン

昨夜、24時を回ってバス停から帰る途中、東の空に昇りつつあるオリオンを見る。

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平沼洋司・武田康男『空を見る』(ちくまプリマ-ブックス142)

これも気象の写真集。

「日経サイエンス」に三年半にわたって連載された37編の気象の写真と解説文で、文章も作者(平沼氏)自身苦心したというだけあって専門と歴史・伝統の双方の興味深い話題となっている。
彩雲、くらげ雲、凍る雨、太陽柱(こんなの千葉県でも見られるの?)などの写真が美しいし、珍しい。
空の雲を見るのが楽しくなる本だ。

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「官僚たちの夏」終わる

最後が物足りなかった。原作どおりラストは庭野が過労死となり風越一派は壊滅のほうが訴えるものが大きいと思うが…。それではドラマとして救いがない、と製作側は思ったのだろうが。

繊維の制限は通産省の責任ではないだろうし、「通産省なんていらんわえ」というセリフは全く説得力がない。デモ隊も「庭野出てこい」より総理官邸や外務省に押し寄せるべきでは?

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社日

秋の社日は一昨日だった。秋分に一番近い戊(つちのえ)の日である。収穫に感謝する秋祭りの日であり、内外の官吏は休暇となった(唐代の話)。
これが敬老の日の原型かと思ったが、ちがうらしい。

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互角の激戦!?~東京大vs早稲田大一回戦~

秋のリーグ戦、いよいよ開幕♪。
出発に手間取って遅れてしまった。1015に球場に入るともうエール交換も終わりそう。試合開始とはプレーボールの時間でなくエール開始の時であり、試合終了はゲームセットの時でなくエール交換終了の時であると以後肝に銘じたい。

先発メンバーは

東京大学
[7] 古垣  (開成)
[6] 岩崎  (海城)
[8] 鬼原  (栄光学園) 
[9] 堀口  (高崎) 
[3] 小島  (浅野) 
[4] 髙橋  (米沢興譲館) 
[5] 濱田  (茨木) 
[2] 田中  (武生) 
[1] 前田  (栄光学園) 

早稲田大学
[8] 小島宏 (愛工大名電)
[6] 松永  (広陵)
[9] 土生  (広陵)
[7] 山田敏 (早稲田実) 
[2] 杉山  (東総工業) 
[3] 原   (桐蔭学園)
[4] 後藤  (早稲田実)
[5] 宇高  (今治西)
[1] 斎藤佑 (早稲田実)

8番だった小島が1番で、春はあれほど酷評された松永が2番。本当にこの面々で勝てるんだろうかと思う。

さて、一回表斎藤の立ち上がり。初球はまず夏場に鍛え上げたといわれる直球がズバッと…と思ったらいきなり変化球。結局いきなり山なりのボールでフォアボール。大丈夫か?

そこは押さえてその裏、早大は相手のバント処理ミスなどが幸いして2点先取。

3回裏もチャンスを迎えるが、そこで迎えたクリンナップの土生、山田、杉山に何ら破壊力なし。凡退し得点できず。
まだ、原や宇高を置いた方が何とかなりそうな気がするが…。まあ、当方ド素人だし現場見てないからなんともいえないけど…。

斎藤は5回表に1点を奪われる。この時点で東大が与えた四死球は2、早大(斎藤)は5。

7回から斎藤に代わり大石が登板。速球を連発。この時点で東大の勝ちはなくなった…。
8回裏、投げつづけてきた東大・前田君もついに捕まり、1点を奪われる。
かくて、東大1-3早大でゲームセット。
MVPは突き放しのタイムリーを放った後藤君かな。

【おまけ・今日の大石の球速】
(140km/h以上のみを表示 K;見逃し三振 SO:空振り三振)
7回
古垣:145、143、141、151K
岩崎:149、143 (135SO)
鬼原:右前安打
堀口:141左飛
8回
小島:142、141 (二失)
高橋:犠打失敗重殺
濱田:144、151、148K
9回
田中:143、141、143SO
笠井:143、144、144、144、142SO
古垣:140、141、147 (内野安打)
岩崎:145、146 (四球)
鬼原:143、146、147SO

本日の感想、「互角だ!」。
週刊ベースボールによると、夏場は「どこのチームにも負けない猛練習をした」とのことだが、これでこの先大丈夫かな…。

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八朔

今日は旧暦の八月一日で、八朔。

農家ではじめて当年の穀を取り入れて、主神に祀る。また徳川家康がはじめて駿府から江戸に移ってきた日ということで江戸時代は特別な日だったという。

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読書の秋・「秋の史学」

昨年の今ごろの日記を見ていると、図書館で借りた分厚い『史記・本紀』を耽読しているのわかった。
また、その次は岩波新書の『古代オリンピック』を(北京五輪の余波)。

大学一年の秋、タキトゥスの『年代記』を読んだ。ほとんどわからずに取っ組んだのだが、とても良かった。
それ以来、秋には史学の名著が伝統的に多い。『ローマ皇帝伝』(岩波文庫)もそうだし、ヘロドトスの『歴史』三巻も大部だったけれど本当に面白かった。

秋の清澄な、さわやかな空気に、どんどん精読を要する史学の本が適しているのだと思う。

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583系

先日、青春18きっぷがまだ余っていたので只見線(会津若松~新潟県・小出)に乗りにいった。

朝5時半の電車に乗り、上野→宇都宮→黒磯→郡山と、ひたすら東北本線を北上する。
郡山から会津若松まで快速に乗ったが、それが古い電車寝台の車両で、とてもなつかしかった。
中学生時代に、東北の寝台特急で、また昼行特急で何度も乗った車両だっだ。
乗って見るとボックス席(夜は寝台になる)の幅がとてもゆったりしていて、足も楽である。リクライニングはもちろん利かないが、背中の当たり具合も気持ちが良い。
窓側の壁に四角な穴があって、最初なんだかわからなかったが、窓側の人が腕をもたれかけるための孔だと気がついた。とにかく細かいところまで配慮が行き届いている感じがするのである。
現在の、ローカル線にままある片側だけ四人でなく二人の向い合わせのボックス(?)席や、都会の五扉で椅子もろくにない非人間的な車両、横須賀線や東海道線のボックス席の物を置くでっぱりや上着をかけるフックさえ省略されている車両を考えると、なぜか温かみが全然ちがうのである。これはなぜだろうか?

この車両は塗装も昔のまま、車内もローカル線用の改造ではなく、まさか使わないだろうがこのまま夜は寝台列車にでも使えるような感じで、大げさに言えば動く列車博物館といえ、乗れたことはまことに貴重でまた嬉しい機会だった。

会津若松駅で下車後、早々に引込み線に入って行ってしまった。いつまで現役でがんばっていられるだろうか。

只見線の話はまた後ほど機会があれば。

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東京六大学野球平成21年度秋季リーグ戦開幕

立教が慶応にサヨナラ勝ちで勝ち点取ったって。

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家庭教師ヒットマンリボーン32

リボーンに完膚なきまでに破られ、悔しがり不安がる一同。
アルコバレーノ達の間もヴェルデの出方に不安が…。

ヴェルデがボンゴレリングを取得にかかったのを見て「俺たちも動くぞ」と対抗するリボーン達。

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日記1

たまには日記をつけて見る。

今日は二百二十日。特に台風の襲来はなし。

やっと大野芳さんの占守島の本を読了。以後は『日本食生活史』を1日40ページずつ来週の金曜日までにぶち抜く事を決意。

明日は東京六大学野球平成21年度秋季リーグ戦が開幕。見に行かないけれど…。

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重陽(新)

今日は9月9日だから重陽の節句であるが、旧暦ではまだ七月二十六日なので書かない。

今年は10月26日がその日である。

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阿土拓司『痛恨の航跡~空母冲鷹よ 安らかに眠れ~』

空母「冲鷹」(ちゅうよう)。排水量17,830トン。前身は日本郵船の新鋭の海外航路の豪華客船三隻の一つ「新田丸」。
著者は日本郵船時代から同船乗り組みの航海士で、空母に改装されたあとも海軍に徴用されて引き続き乗り組みとなり(運用長)、沈没まで立ち会った人である。

空母「冲鷹」というと「大鷹」「雲鷹」「海鷹」「神鷹」とならんで、商船を改造して空母にしたものの実際は飛行機運搬船として使われ、潜水艦の魚雷であえなく沈没、というイメージしかなかった。何のためにこんな空母を作ったのかわからない…。
そんな商船改造空母のことが知りたくて、インターネットで検索して注文した本だった。

その前身の「新田丸」は、時局の推移で欧州航路でなく北米航路についたものの、贅を尽くした当時最新式の客船で、一等の船客には午前10時頃にビーフ入りスープが無料で振る舞われるというスゴイ船だった。並みの客船でなく日本を代表する豪華客船だった。そのへんが引用をまじえて述べられる。また、改造前に海軍に徴用されてからの「新田丸事件」の一部始終も。

空母に改装されてからも、飛行機の輸送が主な任務だから華々しい海戦記など当然ない。描かれているのは僚艦「大鷹」が敵潜水艦の雷撃を受けて機関停止し、曳航していくこと(「冲鷹」運用長である筆者にとっても初体験以前にその方法すら学んだことがなかった)。そして八丈島沖で潜水艦に三回にわたって攻撃され、沈没することである。
筆者はそのさい海中の筏につかまって漂流した。疲労のあとの冬の荒い海での漂流であり、負傷はしていなかったが次第に意識朦朧となり、やってきた護衛駆逐艦に救助されて九死に一生を得た。救助の記憶もほとんど断片的なのだから危ないところだった。

最後に、長年の海運従事者として、昨今の日本の海運への憂慮が記される。海運を他国籍の船に任すことへの警鐘である。

はなばなしい海戦物とは違うが、素朴で貴重な証言である。

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吾妻線

今日は夏の青春18きっぷがまだ余っていたので、吾妻線に乗ってきた。

日帰りで関東近郊のローカル線に乗りたいと思い、何年も前から、身延線、水郡線、両毛線、磐越東線、飯山線、只見線、飯田線と乗ってきたけれど、吾妻線だけはまだ乗っていなかった。
先日、別件で渋川まで行く時、高崎で「大前行」の電車がとまっていたのでこれだと思い、急遽今日決行した次第。

ところが、朝駅へ行って見ると点検工事のため湘南新宿ラインが10:30まで運休している。やむなく上野回りに切り替えたが、8時過ぎに高崎行きが出てしまい、次の高崎行きまで約40分無い!しょうがないので大宮まで行き、大崎から動いている湘南新宿に乗って高崎を目指したが、籠原駅のポイント故障で20分弱遅れ、余裕を持った到着のはずがギリギリ間に合う始末。そのため良い席が取れず、眺望がままならなかった。

下りの向って左が渓谷なのだが、よく見えない。

終着の大前は何もない駅だ。鉱山のために路線を延長したがここで止まったという話で、はるか対岸に嬬恋村役場があるはずだが三両列車が止まれるだけの終着の一面ホームと踏み切り、川に架かる橋以外に何も無い。みんな降りて川の橋の上などで休んでいる。

最近読んだ渡辺実『日本食生活史』の冒頭の総括で「山島には多くの火山脈が縦横に走り、これから多くの河川が流れ出し、それらによって地形は多様な変化を持ち、風景が絶佳になっている。それゆえに世界に希な景勝に恵まれた国となっている。」という一節を思い出す。
そんな景勝を車上から流れる景色として十分に鑑賞できるのだから、地方交通線に乗ることは窓から風景をじっと眺めているだけで心が晴れ、まことにたのしい。

沿線でススキがもうやわらかく繊細な穂を出していたのが印象的だった。1時間45分戻って渋川で上越線と合流。

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白露

明日は二十四節気の白露だ。

礼記・月令篇に「孟秋の月、涼風至り、白露降る」とある。もっとも日本では北海道の北でもない限り、九月の始めに露というのは少し早すぎると思うが…。大陸性気候の中国との相違である。

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家庭教師ヒットマンリボーン31

今日は外出していたため、「リボーンの試練」は見逃し。

古本屋で二週間くらい前『Vongola77』(ボンゴレ セッタンタセッテ)を入手して見ている。
その中で読んだアニメ未登場の「内藤ロンシャン」が面白く、彼の活躍を読むために単行本の6巻を買ってきた(原作を読むのは初めて)。

トマゾファミリーのボス候補・内藤ロンシャンは、この作品中随一の奇人だ。ツナたちがロンシャンの家(つまりトマゾファミリーの本拠)に遊びに行って見ると、すでに「内乱」で壊滅状態に…。

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ETV特集「日本と朝鮮半島2000年 第5回:日本海の道」

このシリーズは、6月の仏教伝来(第3回)と7月の白村江の戦い(第4回)を大変興味深く見た。第1回から見なかったことがまことに惜しまれる。

今回は今までの「瀬戸内海ルート」と異なる、日本海を越える交流の話。

長野県北部の木島平村から弥生鉄剣が出ているという話からスタート(古墳時代とか銅剣ならならともかく、弥生鉄剣なんてあまり聞いたことがない。全国でも二例?)。根塚遺跡という遺跡で、そこから近くの川をへて筑摩川、そして新潟方面へ出られるらしい。弥生末期に半島の鉄剣が、日本海側から東日本へと伝わっているらしい。
またそれ以外の交流では翡翠がある。翡翠製の大きい勾玉(4C)が半島から出土していて、彼の地では純金と同じ扱いを受けていた由。また、若狭の脇袋古墳群の黄金耳飾は大伽耶のものと共通しているし、魚の形の飾りは百済との共通が見られる。

その中から、継体が出てくる。507年ヲホト王(漢字で書きたいのだがトが変換しない!)が北陸から迎えられて即位し、継体天皇となったのは良く知られていることだが、彼は百済との外交を重視した。
継体をリーダーとする集団というのは何だったのか、考えさせるものがある。

そして本日の主題、渤海国(698-926)。

大祚栄が高句麗移民やマッカツをまとめて建国した国なのだが、史料が少なく謎が多い国だ。しかし記録には「海東の盛国」と称えられている。

旧満州にある首都の上京竜泉府の霊光塔や金堂製仏像などの遺跡が紹介される。また、金沢港から出土した宝相華唐草文の帯金具は旧満州の意匠と共通との由。

727年に第一回の渤海使が日本海を越えてやって来てから、日本とは遣唐使以上の濃密な国交・貿易が展開された。菅原道真は渤海使と詩を取り交わして友情を深め、交易品として蜜、人参、毛皮(テン、豹、虎)、革製品が持ち込まれた。今の金沢や秋田がその交易の舞台になり、771年8月には出羽へ300人もの渤海使が来朝するという有様であった。これは外交上、新羅・唐と対抗するため日本と友好を結ぼうとしたという面もあるが、藤原仲麻呂の新羅攻撃計画が中止されるなどそのメリットが薄らいだあとは、主に交易が主目的となった。宣明暦、渤海楽(雅楽)なども、日本に残された渤海の遺産である。

最後にクラスキノ遺跡(ウラジオストック南西)が紹介される。ここは日本への船出の地の遺跡で、三方に門がある小さな城があり、「道隆」字の土器が出土している(日本の留学僧の名か?)。遺跡からは平原の向こうに海が見えていた。
唐へ渡った留学僧も渤海経由で帰国するものもいて、ここクラスキノ経由の道を取ったことも大いにあったであろう。

往路は冬の季節風に乗り、帰りは5月、低気圧の南風にのって渡り、風に乗れば比較的安全に航海できたろうとのことである。

926年、渤海は唐の滅亡と相前後して契丹に滅ぼされて消滅したが、敦賀市西福寺には高麗仏画が名残として残る。
最近開かれた鳥取県境・韓国・ロシアの定期航路の模様から、現在の日本海の道が紹介される。

番組案内役の地元(福井?)の女子アナが少々ボケボケね-ちゃんだったが…。

次回のテーマは「蒙古襲来」とのこと。楽しみ。

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旧盆

今日は旧暦の七月十五日で、旧盆である。今日何か行事をやっているところはあるのだろうか。今年は秋が早く、もはや「盆」という感じではないのだが…。

私にしても朝『唐詩歳時記』で、地獄に落ちた母を救った「目連尊者」の話を読んだくらいだ。

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「日本の潜水艦」(雑誌丸 '98新春2月号特別別冊付録)

古本屋で見かけて廉価で買ったのだが、なかなかためになった。

海大型以来の日本の大型潜水艦の発達、ホーランド型以来の日本の中型・小型潜水艦の発達を順に記述していて、しかもコンパクトな形でまとめられ、先に読んでいた木俣滋郎『潜水艦入門』と合わせ、やっと難解な日本潜水艦の各型が理解できるようになった。

司令官座乗の旗艦潜水艦・甲型は大型過ぎ…。また惜しくも計画だけで中止になった通商破壊専門の戊型というのが存在していたことをはじめて知った。

また読んでいて特型(伊400型)への疑問も。「海底空母」と言われて称揚されている巨大な潜水艦伊400型だが、一隻に搭載する攻撃機はわずか2機(のち隻数不足から3機に改造)に過ぎず、もし仮に5隻の伊400型を揃えて部隊を編成し、港湾を奇襲したとしても攻撃できる機数は最大で15機でしかない。総勢15機の下駄履き攻撃機で泊地を奇襲しても充分な効果があげられるかどうか…。着想はともかく、費用対効果という意味で大きな疑問を感じる。敵艦隊さえ倒せばよいという戦前の日本海軍の戦争観の限界か…。 

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二百十日

今日は二百十日だ。立春から数えて二百十日目の日で、必ず風雨となる。稲の花の咲く頃であり、農民はそれを傷つけられるのを恐れた(『続猿蓑』)。暦の予言どおり昨日は台風襲来の暴風であった。

書店に行くと、もう週ベ(「週刊ベースボール大学野球・2009秋季リーグ戦展望号」)が並んでいたので昨日早速ゲットする。

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