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ETV特集「日本と朝鮮半島2000年 第5回:日本海の道」

このシリーズは、6月の仏教伝来(第3回)と7月の白村江の戦い(第4回)を大変興味深く見た。第1回から見なかったことがまことに惜しまれる。

今回は今までの「瀬戸内海ルート」と異なる、日本海を越える交流の話。

長野県北部の木島平村から弥生鉄剣が出ているという話からスタート(古墳時代とか銅剣ならならともかく、弥生鉄剣なんてあまり聞いたことがない。全国でも二例?)。根塚遺跡という遺跡で、そこから近くの川をへて筑摩川、そして新潟方面へ出られるらしい。弥生末期に半島の鉄剣が、日本海側から東日本へと伝わっているらしい。
またそれ以外の交流では翡翠がある。翡翠製の大きい勾玉(4C)が半島から出土していて、彼の地では純金と同じ扱いを受けていた由。また、若狭の脇袋古墳群の黄金耳飾は大伽耶のものと共通しているし、魚の形の飾りは百済との共通が見られる。

その中から、継体が出てくる。507年ヲホト王(漢字で書きたいのだがトが変換しない!)が北陸から迎えられて即位し、継体天皇となったのは良く知られていることだが、彼は百済との外交を重視した。
継体をリーダーとする集団というのは何だったのか、考えさせるものがある。

そして本日の主題、渤海国(698-926)。

大祚栄が高句麗移民やマッカツをまとめて建国した国なのだが、史料が少なく謎が多い国だ。しかし記録には「海東の盛国」と称えられている。

旧満州にある首都の上京竜泉府の霊光塔や金堂製仏像などの遺跡が紹介される。また、金沢港から出土した宝相華唐草文の帯金具は旧満州の意匠と共通との由。

727年に第一回の渤海使が日本海を越えてやって来てから、日本とは遣唐使以上の濃密な国交・貿易が展開された。菅原道真は渤海使と詩を取り交わして友情を深め、交易品として蜜、人参、毛皮(テン、豹、虎)、革製品が持ち込まれた。今の金沢や秋田がその交易の舞台になり、771年8月には出羽へ300人もの渤海使が来朝するという有様であった。これは外交上、新羅・唐と対抗するため日本と友好を結ぼうとしたという面もあるが、藤原仲麻呂の新羅攻撃計画が中止されるなどそのメリットが薄らいだあとは、主に交易が主目的となった。宣明暦、渤海楽(雅楽)なども、日本に残された渤海の遺産である。

最後にクラスキノ遺跡(ウラジオストック南西)が紹介される。ここは日本への船出の地の遺跡で、三方に門がある小さな城があり、「道隆」字の土器が出土している(日本の留学僧の名か?)。遺跡からは平原の向こうに海が見えていた。
唐へ渡った留学僧も渤海経由で帰国するものもいて、ここクラスキノ経由の道を取ったことも大いにあったであろう。

往路は冬の季節風に乗り、帰りは5月、低気圧の南風にのって渡り、風に乗れば比較的安全に航海できたろうとのことである。

926年、渤海は唐の滅亡と相前後して契丹に滅ぼされて消滅したが、敦賀市西福寺には高麗仏画が名残として残る。
最近開かれた鳥取県境・韓国・ロシアの定期航路の模様から、現在の日本海の道が紹介される。

番組案内役の地元(福井?)の女子アナが少々ボケボケね-ちゃんだったが…。

次回のテーマは「蒙古襲来」とのこと。楽しみ。

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