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2009年6月

夏至

今日は夏至。

暦をけみすると、日の出が4時25分。日の入りは19時00分とある。正月の初日の出が6時50分ころだから2時間半も早い。

鹿の角が抜け落ち、蝉が鳴き始め、半夏草が生じ、木菫(むくげ)が咲き、この頃赤いざくろの花が咲く。

冬至と違って格別の宮廷行事は無いよう。

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ヴァンハルのフルート四重奏曲

ナクソスの表題のCDを聴いているが、とても良い。

ヴァンハル(1739-1813)は交響曲、室内楽ともに典雅、華やかで心が落ち着き好ましい曲が多いが、これもそれ。この人の曲にはほとんどはずれがない。

昔は府中で「ハイドン・シンフォニエッタ・トウキョウ」という楽団が良くヴァンハルの演奏会をやっていたのだが、いつのまにかやらなくなってしまった。

ちょっと内向的で暗い感じがするC.P.E.バッハなんかよりもずっと良いと思うのだが…。

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「蓮の哲学」

昨日、宋の文人・周敦頤(しゅうとんい)の「愛蓮説」(蓮を愛する説)というのを読んだ。

菊 花之隠逸者也        菊は花の隠逸なる者なり

牡丹 花之富貴者也      牡丹は花の富貴なる者なり

蓮 花之君子者也        蓮は花の君子なる者なり

と。

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ラジオ「関が原合戦と直江兼続」Ⅵ

関が原戦後、また攻めて来た伊達を撃退し、その後、一年近くにわたる和平交渉を展開、上杉景勝が謝罪して家名は保ち、会津120万石から米沢30万石へ領地1/4の転封となる。

直江兼続は政治的意図から実子を排して本多正信の次男を養子にもらい、治水工事等で米沢を51万石まで、ほぼ収入倍増の治績を上げる。なにしろ収入1/4で家来は召し放っていないのだから必死である。内治の名家老であろう。

日本に残る最古の『史記』も兼続が京で入手したものとのこと(のち、鷹山の興譲館に受け継がれ、現在に至る)。

その後、養子本多政重は前田家の家老となり、実子も早世して直江家は断絶、菩提寺は徳川家を憚った上杉家のために破却される。

復権は明治を待たねばならぬ、と。

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春の大三角

昨夜、21時ごろ良く晴れた空の南天にスピカが南中。中天にはアークトゥールスが大きく輝き、探すと獅子の尾が目立って輝いている。

夏、冬の大三角は見慣れたものだが、春の大三角をしっかり見るのは珍しいと感じる。

北斗も中天を回って下がり始めたのがはっきりと見える好天で、かえりみれば織女が青く大きく昇っている。

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入梅

今日は入梅で、立春から百三十五日目になる。

『漢詩歳時記 夏』の梅雨の詩を最近拾っているが、秀句が多い。

湛湛長江去       湛湛として長江去り
冥冥細雨来       冥冥として細雨来(きた)る
(杜甫「梅雨」)

黄梅時節家家雨   黄梅の時節 家家の雨
青草池塘處處蛙   青草の池塘 処処の蛙
(趙師秀「約客」)

風驅急雨灑高城   風駆りて 急雨 高城に灑(そそ)ぎ
雲壓軽雷殷地声   雲圧して 軽雷 地に殷たる声
(劉基「五月十九日 大雨」)

五月行人秣陵去   五月 行人 秣陵に去(ゆ)けば
一江風雨昼濛濛   一江の風雨 昼濛濛たり
(王士禛「金陵道中」)
など。

いずれも、静かな、あるいは激しい雨の風景が目に浮かぶようだ。

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ラジオ「関が原合戦と直江兼続」Ⅴ

昨日はいよいよ関が原本戦。

西軍の包囲陣の中深く突出した家康率いる東軍だが、石田三成隊が家中の結束固く予想外の奮戦をし、事前に成約していた小早川秀秋も裏切らず、南宮山方面からの挟撃の可能性も出てきて焦りの色が濃くなる。
意を決した家康の、小早川隊へ「問い鉄砲」を打たせるという策が効を奏し、戦勢は逆転、かくて東軍勝利となる、というところまで。

いきいきとした当時の状況の再現はさすが。

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先週の「家庭教師ヒットマンリボーン」

もう何番目になるのか忘れたので、改題する。

この意表をつくストーリー展開は素晴らしい。
入江曰く「これは設定したゴール」。
この時代のツナ、雲雀、入江の三人だけが知っていた「人類の危機を救う」計画。
そしていよいよヴァリヤー登場。次回は「イタリア主力戦」である。

「ハルのハルハルインタビュー・でんじゃらす」。今回はディーノが異常にさわやかなのと、最後にハルがよいしょと壇の下に下りる様子がおもしろかった。

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ETV特集「戦争を着た時代」

先の日曜日夜にNHK教育で放映。

見るとさすがにすごい。戦車、飛行機、爆弾の柄入りの着物の数々…。松岡洋介の国際連盟脱退や、満州国建国(建国の日の新聞や満州国旗の柄入り)のデザインの着物などなど。中でも上海事変の「爆弾三勇士」の柄は良く売れたという。職人さんも上手に意匠をあしらっている様子が紹介された。

愛国婦人会と国防婦人会の間では醜い女の争いがあった由(作家の沢地久枝さんコメント)。どっちがどっちか忘れたが、比較的上流階級の昔からあった婦人会と、戦争が始まって庶民レベルで作った(作らされた)婦人会の間での感情的な対立らしい。

やはり「売れる」という需要があるからこその「戦争柄」なのだろう。「戦前は軍部が無理矢理戦争に持ち込んだ」というような短絡的な史観を持っている人に見て欲しかった。

紹介役の乾先生は本も出しているようなので、興味を持った方は見てみることをすすめたい。

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芒種

今日は芒種。

カマキリが生まれ、鵙(げき)が鳴き始めて、反舌(もず)が声をひそめる、と。芒のある麦を取り入れる季節。

道端のあじさいが青い色をつけ始めている。

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ラジオ「関が原合戦と直江兼続」Ⅳ

昨日は帰りが遅くなり、半分しか聞けず。

徳川秀忠の中山道進撃だが、真田昌幸に阻まれて決戦に遅参したというよりも、「真田仕置き」がこの軍の本来の主目的で、その中途で急遽西上を指示されて対応できなかったというのが真相らしい。

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