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2009年1月

家庭教師ヒットマンリボーン17

ジェッソファミリーとジッジョネロファミリーの「忌まわしい」合併の過程が語られる。
ジッジョネロファミリーの霧の守護者というのは幻騎士のことであろう。スクアーロを討とうとしてやられたらしい。
ジッジョネロファミリーが代々守っていたのがマーレリングらしい。
ビャクランは六道骸すら脱出させずに倒した男。何か不可思議な術を心得ているのに相違ないが…。

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モーツアルト協会

いつもは行くのが難しいモーツアルト協会だが、先の1月27日火曜日(モーツアルトの誕生日である)は都内で研修があったため、そこから直行して行くことができた。
演奏される曲の中で、交響曲34番k.338とピアノ協奏曲25番K.503は好きな曲だったので期待していた(というよりそれが目的)が、特に後者は期待以上で、高校のとき星を見ながら聴いていた気分をいきいきと呼び覚ましてくれた。なんか半生をフラッシュバックする感じになった…。
そして珍品・ピアノとバイオリンのための協奏曲の断片(K.Anh.56(315f))、こんな曲があったとは…。アインシュタイン(音楽評論家のほう)は「モーツアルトがこの曲を完成しなかったのは芸術の最大損失の一つである」と評している由。ちょっとコンチェルト・ロンド(k.382とk.386)みたいな曲だった。もちろん、こんな楽器の組み合わせの協奏曲などモーツアルトに他にはない。
アンコールのメヌエットk.409(383f)も祝祭気分に満ち、素晴らしい余韻を残した。あまり聴く機会のないメヌエット集もたまには聴いてみるかな、と思わせた。
休日にやってくれればもっと聴きにいけるのだが…。

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家庭教師ヒットマンリボーン16

カンガルーの腹の晴れの活性で成長した子猫登場。
「常に攻撃の核となり、怒涛の攻撃を繰り広げる」という嵐の守護者の本領発揮。
例の凶悪な兄弟は黒い方がタザル、若い方がノザルだったか。
そして回想の中でγの過去が映し出される。
それぞれが大切なものをもっている。この争い無益のような気がするが…

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オバマ大統領誕生

今朝の朝刊の「福井県小浜市で、市民団体『オバマを勝手に応援する会』が祝賀行事を主催」の記事に大笑い。

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大寒

今日は大寒。「鶏が卵を産み(これがいわゆる「寒卵」!?)、鷹や隼などが勢い激しく空を飛んで獲物を捕らえ、沼地では氷が中のほうまで厚く張りつめる」という。
孟浩然の詩にそのような光景を「積雪、平皋(平らな平原)を覆い、饑鷹 寒兎を捉う」と歌っている由。
一年中で一番寒い時だが、それにつけても思い出すのは八甲田山での青森第五連隊の遭難事件である。あの時(明治35(1902)年1月25日)は旭川で-41.0℃の日本最低記録を記録した。1月25~27日は日本で気温が底となる時季であろう。

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南学編『横浜~交流と発展のまちガイド~』(岩波ジュニア新書)

今年は横浜開港150年にあたり、最初の読了本がこの本とはまことにめでたい。
横浜には人生のうちで一番長く住んでいながら、中心部のことは全然知らないのに気付かされる。大桟橋はこうなっていたなんて知らないし、キング・クイーン・ジャックも知らなかったし、赤レンガ倉庫にも行ったことないし、山手の外人墓地の奥にはこんな洋館があるなんて知らなかったし、日本大通もあそこのことかとやっとわかった次第。
この本は写真が豊富で、かつ美しい。横浜散策と歴史の格好の入門書である。
関内と横浜駅周辺と分断されていた都市が、また新たに伸びようとしているのを感じさせられた。

ところで、岩波ジュニア新書は今まで何冊読んだろう。日本農業のゆくえ、元素の小事典、科学年表、新植物を作る、今井の自衛隊、モーツアルト、湯川秀樹の考えたこと、すばる望遠鏡、高校心理、シルクロード作物、アインシュタイン16歳の夢、日本神話入門、ローマ、西洋哲学入門…。まだあるかもしれないが、興味深いテーマを高校生にもわかるように平易にかつ専門性を維持しながら説かれる。文体がやさしいので読みやすい。
電車の中で携帯をやったりスポーツ新聞を読んだりしている人も、このシリーズを読めばいいのではと思うのだが…。

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家庭教師ヒットマンリボーン15

以前数回見逃していたので、あの魔女っ子はジンジャードールという名だとはじめて知った。
大邸宅で執事に入れてもらったお茶を飲むブラックスペルの首領の子はユニといったか。このなぞめいたワンシーンは何だろう?
さて、システーマCAIだが、16個のボックスのうち、嵐の指輪で開けられたのは4個。だが、雨の炎を出すリングに気付き、さらに開けられたのが3個。かくて獄寺は謎解きに成功し、γに晴れの活性を付加した攻撃が命中する…。

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人日と七草

去る七日は人日。元日を鶏に当てはめ、以下六日までを六畜(鶏、狗、猪、羊、牛、馬)に当てはめて、七日が人の日となる(八日は穀日である)。
その日の天気でその家畜の一年の豊凶を占う、と。その日は該当の家畜を殺さない。したがって七日は人の処刑もしない(!)。
「人日の日は、まさしく人間が自分自身だけでなく、広く人類全体の幸福を静かに祈り、その運命を深く考える時なのである」(植木久行『唐詩歳時記』)。これでいきたい。
この日は人勝、又は華勝(人の形、又は華の形に絹などを切り抜く、又は髪飾り)を作り、または下賜された。中華街の「華勝楼」はこれに由来するのであろうか。

もう大分前だが、NHK教育で「謎解き歳時記」という面白い番組をやっていて、その中で七草の薺(ナズナ)を打つ歌をやっていた。「♪七草なずな、唐土の鳥が、日本の土地に渡らぬ先に」という歌だが、こんな歌を聴けること自体が珍しい。
最近は七草粥の材料がパックで売っていてありがたい。

薺粥さらりと出来てめでたけれ   大橋杣男

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小寒

昨日は小寒だった。「雁が早くも北に向かい(本当かなあ)、鵲が巣作りを始め、雉が雌を求めて鳴く」という。

でも、節気の記事を書いたり漢詩歳時記を読んで次第に思うようになったのだが、やはり旧暦と新暦の季節の食い違いはおおいがたい。正月が来てその頃の節気は本来立春のはずだが、また十二月の節気の小寒に戻ってしまう…。だから「明日は新年で梅も花を咲かせようとしている」という漢詩を読んでもぴんと来ないし、立春は本来1月、春分は本来2月、上巳(ひな祭り)は今でいう4月の気候の良いときで、端午の節句は今の6月の湿気の多いときであり、七夕は猛暑真っ盛りだがそろそろ秋の気配も立つかという今の8月だし、重陽(九月九日)も菊が見頃になる10月であるし、冬至は今は12月の年末だが本来11月で、それで官吏も七日間の休暇を与えられた。今だと正月にかぶってしまう。
私は旧暦礼賛論者ではなく、一年の日数が一定していない旧暦(太陰太陽暦)の不便さはわかっているつもりだが、この季節感のズレは何とかならぬかと思ってしまう。地球全体で一ヶ月(一月の中気の「雨水」が一月に入るように)暦を後ろにできないだろうか。

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四日の句

三が日が終わり、日常が目覚める一月四日の秀句をあげてみる。

 鏘然と四日のピアノ目覚めたり  林 翔

 酒そはぬ四日の夕餉済ましけり  山田佐々子

 砥に落す水清らかに四日かな   高橋冬青

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ことよろ

正月の第二弾。

 述懐     魏徴(唐)

中原還逐鹿
投筆事戎軒
縦横計不就
慷慨志猶存
仗策謁天子
驅馬出關門
請纓繋南粤
憑軾下東藩
鬱紆陟高岫
出没望平原
古木鳴寒鳥
空山啼野猿
既傷千里目
還驚九逝魂
豈不憚艱険
深懐國士恩
季布無二諾
侯贏重一言
人生感意氣
功名誰復論

中原還(ま)た鹿を逐(お)い
筆を投じて戎軒(じゅうけん)を事とす
縦横の計(はかりごと)は就らざれども
慷慨の志 猶お存せり
策に仗(よ)りて天子に謁し
馬を駆りて関門を出ず
纓(えい)を請うて南越を繋ぎ
軾(しょく)に憑(よ)りて東藩(とうはん)を下さん
鬱紆(うつう) 高岫(こうしゅう)に陟(のぼ)り
出没 平原を望む
古木に寒鳥鳴き
空山に野猿啼く
既に千里の目を傷(いた)ましめ
還た九逝(きゅうせい)の魂(こん)を驚かす
豈(あに) 艱険を憚らざらんや
深く国士の恩を懐(おも)う
季布(きふ)に二諾(にだく)無く
侯贏(こうえい) 一言を重んず
人生意気に感ず
功名 誰が復(ま)た論ぜんや

隋が天下を統一したけれども、その支配は再び乱れて群雄は天下を争い
私も文筆を捨てて軍事を諮ることとなった
群雄の一人・李密に献策して天下を取らせようとしたのは失敗したが
まだやってやろうという気はなお残っている
(後漢の鄧禹のように)つえをつきながら唐の天子・李淵にお目見えし
使者となって馬を駆って函谷関の門を出て行く
(漢の終軍やレキ食其<れきいき>のように)冠の紐で南越王を縛り上げたり
車の手すりに寄りかかりながら東の国々を弁舌で下したような功績を今こそ立てよう
その途中、くねくねと道が曲っている高い峯に上り
見え隠れする平原を望む
古木には冬の鳥が鳴き
人もいない山には野猿の声が聞こえる
千里の遠くまで見やるに心も痛み
またあまりの遠さや故郷を想って魂もさまよい帰る
私もこのような険しい山道を苦しく思わなくもないけれども
私を国家的な人物として待遇してくれた我が君の恩を深く思うのだ
いにしえの季布は一回引き受けたら変えることは決してなかったし
いにしえの侯贏は魏の信陵君への一言を重んじて死んだ
人生は心意気に感じるもの
結果としての功名は誰が問題にするものか

※ 言わずと知れた『唐詩選』巻頭の一首だが、私は高校時代に読んで(もちろん多少の努力はしたが)すんなり覚えてしまった。少年の記憶力が今となっては羨ましい。高校の漢文の教科も、もちろん杜甫の老病の名詩なども悪くはないのだが、この詩や曹操の詩などのような年少者の志を書き立てるような詩にもっと触れさせても良いのではないか。覚えれば一生の財産となるものだから。

※レキは麗に「おおざと」

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年末年始

年末年始の様子。

29日は職場の納会で、30日は大掃除のあと、友人たちと忘年会。
31日は昼から丸の内のガラ・コンサート2008に出かけたが、読書のために逆方向の列車に乗ったところ、事故で1時間くらい停車していて泡を食った。
何とか開始10分前に丸の内・マルキューブに到着。伊賀あゆみ独奏、ジルベスターオーケストラ伴奏でモーツアルトのピアノ協奏曲第20番k466を聴く。哀しみとやさしさが交錯する第二楽章は特に感慨深かった。窓外の樹々の銀色のイルミネーションが目にしみた。
伊賀あゆみさんは以前「ピアノ・トリニテ」で何回も聴いたピアニストで、アンコールではジャズっぽく編曲したピアノソナタk331を弾いていたが、こういうほうが得意なのか?
反転、帰宅して夕食。22時から昨年一年間聴いた思い出深い曲を集めて私家版の「紅白」を演奏。参加曲17曲については略す。TV「行く年来る年」を見て就寝。

元日は、初日を見に行く。家を出ると東空に見事な初茜。配置につくと低くたなびく雲がまだ地平下の太陽の光を受けて刻々と色を変えていく。例年になく雲がなく、山稜から直接上がる見事さだった。
近くの地蔵尊に参拝。拝礼を終わってドラム缶の焚き火にあたる。暖かさも直接だし、じっと見ていると、神秘な火の力を感じるようで面白かった。
雪をかぶった富士とても見事。もやにけむった姿でなくまるで月面のクレーターの写真のように(?)凹凸が見えるほど。丹沢の山も紫色でなく赤茶けた色で、常になく近く見えた。携帯で写真に撮る。
8時に帰宅、紅茶を飲みながら新聞をめくり、年初恒例によりモーツアルト「三位一体の祝日のミサ」k167を聴く。

しばらく喜ぶ、年華の去ってまた来るを。

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あけおめ

このブログの表題だから、新年の最初はこれでしょう。

 幽州新歳作     唐 張説

去歳荊南梅似雪
今年薊北雪如梅
共知人事何嘗定
且喜去年華復来
邊鎮戍歌連夜動
京城燎火徹明開
遙遙西向長安日
願上南山壽一杯

去歳 荊南 梅雪に似たり
今年 薊北 雪梅の如し
共に知る 人事は何嘗(かつ)て定まらん
且(しばら)く喜ぶ 年華の去って復た来たるを
辺鎮の戍歌(じゅか) 夜を連ねて動き
京城の燎火 明に徹して開く
遙遙として西のかた長安の日に向かい
願わくば上(たてまつ)らん 南山の寿一杯

去年の正月は南方に流されていて、ちょうど白い梅が雪のように咲いていたが
今年は復帰し、北方に赴任して、今降りしきる雪が梅のようだ
人間の運命にどうして定めがないのかというのは誰でも知っていることだが
まあ、ひとまず新しい年を迎えたのを喜ぶこととしよう
ここ辺境の町では、兵士たちの歌が夜じゅう続いているが
今ごろ都長安では、年を送る宮殿のかがり火が一晩中燃えさかっていることだろう
はるか西の方長安に向かい
我が君の長寿を祈って一杯の酒をささげることとしよう

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