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『論語』と『老子』

論語に抵抗を感じる人がいる。湯川先生など「論語は好きになれなかった」と荘子に傾倒したし、文学者の高橋和巳は論語を読むたびに内容に腹を立てて叩きつけながら読んでいたという。
そこへ行くと私は、根が儒教的・規範的なのか(?)たいした抵抗もなく、かえって面白く読んでいた。
むしろ自戒しながら読んでいた。「巧言令色鮮なし仁」とかである。厩の火事の話など自分にできるかと自問するし、目の見えない人を案内するところなども参考になった。
一方『老子』は難しくわけがわからぬながら読んだ。「もっともまっすぐなものは曲がっている」とかである。高校のときで、さすがに心の平安をもたらすというまでには行かなかった。
論語はまだまだ自戒し学ぶところが多い書であると思う(といいいつつ最近読んでないが)。老子のほうはどうだろう。読み直すと新たな発見があるか?若いうちに取り組んでおいてよかった本である。

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コメント

論語は一通り読んで、私の小さい頃からの考え方の多くがここに由来することを感じてきました。
それが居心地がいいだろうとも思いました。

最近、老子を読んでいます。
初期仏教(小乗仏教?)との親近性には非常に驚きましたし、仏教が聖徳太子が維摩経を重んじて以来、お釈迦様が言ってることとどれほど違ってしまったのかも、また伝教大師や弘法大師の密教でもお釈迦様の話を真とすると歪んでしまったのか。

鎌倉仏教の祖師にいたっては・・・という感じで、なんとはなしに自分のものの見方が流動的になっているのを感じます。

私の家は御岳教ですが信仰(あんまりしてないかも)とは別に、これらをきちんと勉強しなおして、ものの考え方がどのように興ったのか、自分が参考にすべきはどの考え方か・・・残り半生の糧を見出したいと思う今日この頃です。

投稿: クラウディオ アラウ | 2007年10月16日 (火) 19時55分

さっきのコメントの続きですが、高校大学生向きくらいのもので清水書院のセンチュリーブックスというのがありますが、それの『釈迦』『老子』などどうでしょうか。
私はこのシリーズでは『親鸞』『道元』『キエルケゴール』『カント』(半分だけ)『ハイゼンベルグ』『ヴェーユ』『シュトルム』『ニーチェ』を読みました。深い思想を平易に解説してくれるのでありがたいシリーズです。
特に古田武彦著『親鸞』はおすすめです。

投稿: ロイヤルトランペット | 2007年10月16日 (火) 22時39分

それはそうと『老子』読んで意味がわかりますでしょうか…。私はとても難解な印象を受けたのですが。

投稿: ロイヤルトランペット | 2007年10月21日 (日) 18時15分

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