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2007年10月

渡辺潤一・布施哲治『太陽系の果てを探る』

エクボの本である。
つまり昨年話題になった冥王星降格問題を含むエッジワース・カイパーベルト天体(EKBO)に関する本だ(海王星以遠天体 トランス・ネプチュニアン・オブジェクト TNOともいう)。最近続々と発見されている海王星の軌道以遠を回っている太陽系のさいはての小天体のことである。
まだ半分くらいしか読んでいないが、導入部は眼視以外の諸惑星(天王星・小惑星・海王星・冥王星)の発見史。知ってる話だけど、スリリングで面白い。
彗星の起源からエッジワースとカイパーが太陽系辺縁の小天体を予想する。
1977年土星と天王星の間に小天体キロンが発見される(ケンタウルス族の発見)。
そして1992年、海王星以遠に小天体1992QB1を発見!というところまでだが、宇宙への夢を膨らまされる本だ。
今後に期待。

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『論語』と『老子』

論語に抵抗を感じる人がいる。湯川先生など「論語は好きになれなかった」と荘子に傾倒したし、文学者の高橋和巳は論語を読むたびに内容に腹を立てて叩きつけながら読んでいたという。
そこへ行くと私は、根が儒教的・規範的なのか(?)たいした抵抗もなく、かえって面白く読んでいた。
むしろ自戒しながら読んでいた。「巧言令色鮮なし仁」とかである。厩の火事の話など自分にできるかと自問するし、目の見えない人を案内するところなども参考になった。
一方『老子』は難しくわけがわからぬながら読んだ。「もっともまっすぐなものは曲がっている」とかである。高校のときで、さすがに心の平安をもたらすというまでには行かなかった。
論語はまだまだ自戒し学ぶところが多い書であると思う(といいいつつ最近読んでないが)。老子のほうはどうだろう。読み直すと新たな発見があるか?若いうちに取り組んでおいてよかった本である。

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『唐詩選』岩波文庫

『星三百六十五夜』と同じく、高校・大学のときに寝る前に一首ずつ読んでいた。レ点をふり、語句解説を読みながら味わっていく。
巻頭の魏徴の「述懐」はまだ若かったからそのまま覚えてしまった。詩によっては鉛筆で挿絵を書いた。下巻になってややトーンダウンしたが、上巻・中巻は楽しく読んだ。
原則一日一首だが、高校の試験前など逃避の心理が働くのか、何首も進む。
全部読みきって、同じ岩波文庫の『中国名詩選』上中下巻に移行した。唐詩に限らず、伝統ある『詩経』から紹介してくれるのはありがたいのだが、この本は『唐詩選』に比べて語句説明が少なく、訳文から語句の意味を推察しなければならないのが残念であった。この本は唐詩の晩唐まで行って止まり、もう一回最初から読み返して今南北朝の歌謡で止まっている(したがって宋詩以降は読んでいない…)。ましてや、買いためてある『陶淵明詩集』『李白詩集』『王維詩集』『杜牧詩集』には全く手が出せていないでいる。
それでも『唐詩選』は新鮮な感銘を持って読んだ書であった。時間があればまた読み返したい。

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早稲田vs明治1回戦

東京六大学野球の話。
余談ながら、早稲田と法政の1回戦に行ったとき、試合開始前に両校の応援団が交流して、互いに相手の応援歌などを歌うセレモニーをやっていた。早慶戦以外でも今シーズンからやるようになったのか?だとしたら盛り上げのために大いに喜ばしいことである。この早明戦ではゆっくり行った為それは見られなかったのだが。
明治はいわゆる4年生カルテットの一人久米が先発。早稲田は斎藤の先発で、一回の攻防から何か投手戦の予感…。結局斎藤が4回に一点を取られ、それが決勝点となった。1-0。
この試合は久米の好投に尽きる。強打の早稲田打線を8回まで1安打しか打たせなかった。9回2死から上本のヒットが出たが(彼はそういう点何とかしてくれる男だが)、その後死球もあったが反撃もそこまで、明治の快勝だった。斎藤は2敗目。
今速報を見ると、今日の2回戦は須田-松下-大石の継投と本田の2本塁打などで早稲田が勝った。いよいよ明日再び斎藤を立てて勝負だ。

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野尻抱影『星三百六十五夜』中公文庫

私のクラシックスというべき本の一冊。
一日一項ずつ星の話を書いた随筆集。初めて読んだのは高二のときだと思う。一日一話形式だから、しおりをはさんで毎夜寝る前に読んだ。季節の星座の移り変わりにつれて、ギリシャ神話をはじめ各国の神話、伝承、日本の星名、漢詩、天文学的知識、登山からはては芝居までが縦横無尽に、また落ち着いた語り口で語られる。
若い私を心酔させたのはその文体で、さすが明治生まれという感じで、私もこんな文章を書きたいと思ったものだった。
長く絶版になっていたが、最近春・夏・秋・冬の四分冊で中公文庫から復刊された。この名著がまた多くの人に読まれるのは喜ばしいことである。

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ワープロは字を知らねーっ!

あるとき、しい逆(弑逆)と打とうとしたらワープロが変換しない。「えー、弑逆を知らないの?」と意外に思って困った。
その後、似たようなことは何回もあって、その都度「オイオイ、ワープロなら変換してくれよ(俺は書けないけど)。」と思ったものだ。

一例を挙げると
ちゅうさつ:誅殺
じもく:除目(これを変換してくれないと国文学の人は困るのではないだろうか)
ぶれつ:武烈(一太郎なら天皇の名前は全部変換してくれたのにワードはこの程度でもムリ)

日記調の文章を打っていて
「じんぜんとして日々は過ぎ行く」の荏苒が出ないのにも参った。変換してくれないとどんな字だったか思い出せない…。

もうどう:艨艟も出ませんかね
ちょうちゃく:打擲とかも。
さんじょ:芟除が出ないのは納得できるが(味のある言葉ではあるが)。
でも
孜々としていそしむ
はちゃんと変換した。えらい。
しかし
きっきゅうじょとして
はムリだった。
ワープロだけに依存して読書しないと日本語が貧困になると自戒も込めて実感する。

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読むスピードがのろい

本を読むスピードがのろくて読みたい本に追いつけない。というか世間の人はどのくらいのスピードで本を読んでいるのだろうか。
HPやブログを見ると、1日1冊は読んでいるんじゃないかという人もいるし、それはとても信じられない。
第一目標にしているのは1日35ページであるが、これすら達成しないことが多い。第二目標は1日100ページ、これを超えると記録ノートに星がつく。これ以上読むと読みすぎで消化不十分になってくる。
もともと速読より熟読する口だが、最近では記憶力・理解力が悪くなったせいか、読んでも不理解で、またその章や節の始めに戻ったりして、ひどい日には前へ進まないどころか退歩するときもある。
2時間とかいう人もいるが、それでなくても2日とか3日でバンバン本が読めて、しかもそれを消化できる人が羨ましい。

追補
歴史の本を読むときの巻末の年表。これがてこずる、ひどいときは本文を読了してから三日くらい年表と参考文献に取り組んでいたりする。でもこれに目を通さなければ読了と認められない(!)のだ。

もうひとつ。
その日によってコンディションが違うのも悩みのタネである。蓋を開けてみないと調子がわからない。日によって理解度の濃淡がつき、まだらになって気持ちが悪いがあきらめて先に進まざるを得ないときが多い。

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セミかよ

今日職場でツクツクボウシが鳴いていた。10月3日である。ちきゅうおんかんぱー(注)。

注:漫画「よつばと!」に出てくるセリフ。地球温暖化のこと。

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