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湯川・朝永生誕百年企画展委員会編『素粒子の世界を拓く』

昨年は朝永振一郎生誕100年であり、今年は湯川秀樹生誕100年の記念すべき年である。
昨年の上野の科学博物館の企画展も行ったが、いつものことだがもっと早く行けばよかった…。GWに行ったのだが、時間が足りず湯川先生の展示しか見られず、翌日にもう一回行き、それでも時間が足りず、二人の戦後の歩みが見られず、GW最後の日にもう一回行った。のべ14時間くらい見ていた勘定になる。
私は物理学徒でもなんでもないが、高校時代に湯川先生の『旅人』、大学時代に「自叙伝」(『本の中の世界』所収)を感激しながら読んだ身で、僭越ながら先生と呼んでしまう。
ひたすら核力の問題を追い求め、ついに中間子論に至った感動、朝永先生の戦後の混乱期の中で「くりこみ理論」を完成させた感動については今さらはじめてでなく、去年の展示のおさらいとなったが、何度読んでもいいものである。
特筆すべきは第6章の京都一中、三高、京大の環境についての記述と、第7章の湯川・朝永以前の「量子物理黎明期の日本」である。特に後者では明治の終わりから大正・昭和初期にかけての量子力学を吸収しようという物理学徒たちの営みが重厚に描かれていて、興味深く読んだ。
終章「二人が問いかけるもの」で、なぜ極東で孤立していた二人が物理学の根本問題について正面突破することができたか?文献上だけで国際的なフロントと同期していた、という問題提起で、私は二人の家庭環境によるものが大きいと感じた。徹底した地理学徒で、それ以外の分野でも読書家で本を入れるスペースが足りなくなるたびに引越ししていた小川琢治(湯川秀樹の父)。高潔な人柄で知られたと哲学者朝永三十郎(朝永振一郎の父)。この二人を父に持ち、旧制高校の時代からドイツ語の原書で、大学に入ってからは論文で(量子力学の本はまだ日本にない)独自に勉強していた積み重ねが、若くしての大発見を生んだのであろう(そういえばアインシュタインも自学自習である…)。
長らく埃をかぶっている朝永先生の日記(全集の別巻)でもひもときたくなった。
日本の科学が西洋に追いつき、それだけでなく素粒子物理という新しい分野を切り開いたか輝かしい金字塔として、月並みな表現ながら湯川・朝永の名は長く、広く記憶すべきであろう。

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