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2007年9月

中秋の明月

帰りに皓々と空高く澄んだ明月を見る。

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社日

今日は社日。いわゆる秋社で、秋の収穫を感謝する中国の祭りだ。秋分に近い戊の日がそれに当たる。
それだけ。

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ツクツクボウシ終鳴?

生物季節の観察などという大仰なものではないが、一応メモをつけている。
アブラゼミは9月9日を最後にして、鳴き声を聞かない(ミンミンはいつだったか不明)。
昨日、ツクツクボウシが鳴いていたが、今日この天候でもあり、当地では昨日が最後かもしれない。

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谷篤・揚原祥子「ひとときの歌 Ⅷ さまざまな愛の歌2」

表題のコンサートに行ってきた。
場所の自由学園明日館は、池袋と目白の間のわかりにくいところにあるが、小倉貴久子さんのコンサートで行ったのがはじめで、去年はモーツアルト生誕250周年企画「ビバ!アマデウス」で随分通ったものである。ここの講堂自体が重要文化財である。
表題の通り、シューベルト、シューマンから始まってブラームス、アーン、フォーレ、林光、イギリス民謡、ラフマニノフなどなどの18曲の「愛の歌」をまず谷さんが日本語で朗読し、それから原語で歌う。それで意味がわかるのでドイツ語でもイタリア語でも英語でもその心が音楽とともに伝わってくる。
揚原さんの伴奏も、それに情緒を添える。
聴いて感じるのは、二人の音楽と文学への真摯な態度だ。
愛する人のことの事を思い浮かべながら、詩の朗読を聴き、音楽を聴いてしまう。プログラムにあるように愛は「生きる証」か。
会場も大きすぎず、小さすぎず、朗々とした声とピアノを体で感じることができる適正なものだった。
アンコールでシューマンの「献呈」を聴いた。ピアノ独奏では聴いたことがあり、気に入っている曲だった。歌曲として聞くのは初めてで感激した。まさにトリにふさわしかった。
せちがらい現代に荒みがちな心に対する一服の清涼剤である。

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コードネームはセーラーV

生まれて初めて、そして唯一に近い購読した少女漫画である。

「十二国記」を知っている人なら話が早い。月野うさぎ(セーラームーンの主人公)が中嶋陽子だとしたら、高里要はこの漫画の主人公・愛野美奈子である。

もともとこのお話の方がセーラームーンより早く連載が始まったもので、セーラームーンが始まってメインの主人公の地位を追い落とされた後も、同一世界の話として別に連載が続いた。お話中での年齢はセーラームーンが中学2年生で、この話は中学1年生だから、一年前の話となる。

本来、この愛野美奈子が主人公となる物語の、作者・武内直子の登場人物のスケッチが残っている。
 夜野みやび…巫女さん。お祓いで敵を調伏 魔物に敏感 予言・予知に長ける
 地野まもる…念力を使う 怪力の持ち主
 空野ひかる…ブレーン 記憶力抜群
 愛野美奈子…得意技は…たいしてない(中略)私の役目って何?とあとあと悩む 彼女の得意技、それは愛の力で地球を救うことでしょう

作者も愛野美奈子について「この子は思いついたときから名前も設定もほとんど変わらず、超お気に入り。動かしやすいので主人公にするつもりでネームも作ってた」と書いている。この美奈子主人公の作品が日の目を見なかったのが誠に惜しまれる(なお、この4人はそれぞれギリシャ神話の原初の神、ニュクス、ガイア、カオス、エロスに対応している)。

話が脱線したが、本家のセーラームーンの暗く、壮絶な世界とまるで違って、この漫画はおちゃらけムード。「ああっ、あたしのVちゃん。やっぱりやっぱり誰も正義の戦士のあなたにはかなわないのよっ」と警視総監室にセーラーVのポスターを貼ってすりすりしている桜田夏菜警視総監や、中学生のときから大人気漫画「オーロラ・ウェディング」の連載をしていて大豪邸に住んでおり、部屋中にアイドル・最上Aの写真を貼りまくっている漫画家の無頼堕流(ぶらいだる)マリエ先生など、本家のセーラームーンではまず不可能なおかしな脇役たちがてんこもり。

そして感動のラストシーン。前世でも現世でも美奈子を慕いながら通じることがなかったアドニス。「最後の恋占いをしてやるよ。君の恋は…」とアドニスに将来を宣告される美奈子。二人の報われない切ない運命が胸を打つ。セーラーVはかくて完全に前世の記憶を取り戻し、そしてお話はセーラームーンへと進むことになる…。
もっとも本編においても、プリンセスのために尽力し、忠誠を尽くす美奈子は十二国記の高里要的ではあるが…

美奈子の通っている芝公園中学校は架空の学校であるが、芝公園へ行く機会があると芝中を探したりしてなんとなくきょろきょろせざるをえない。その一画に作者の母校・共立薬科大があるのは言うまでもない。

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秋季リーグ戦開幕

神宮球場に東京六大学野球の開会式と早稲田vs東大戦を見に行った。
私はプロ野球は良くわからないが、学生野球は好きで良く見に行く。かなりのレベルの野球を生で見られるし、特に試合前のエール交換の雰囲気が好きで、また半分は応援の音楽鑑賞に行っているようなものだが。

開会式でなぜか明治の旗が上がらなかった。聞けば対外活動禁止中らしい。
試合は早稲田が斎藤の7回・8三振の好投で9-1と圧勝。早稲田の一番・上本が三連続盗塁を試みてタイミング的にはセーフだったが行き過ぎてしまいアウトになったのと、9回二番手の松下が失点したのが惜しかった。
二回戦では慶応が立教にサヨナラ負けを喫したのを連盟のHPで知った。
シーズン到来である。私はどちらかというと春のリーグ戦よりも秋気玲瓏、風澄んでの秋のリーグ戦のほうが好きだ。

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新書漢文体系21『世説新語』

魏晋南北朝時代の逸話集。いつかは読みたいと思っていたらコンパクトな冊子で抄訳が出ていたので読んでみた。
曹操の「梅酸夏の陣」のエピソードや、曹操と楊脩との言葉遊びの知恵比べなど、この本が出典である。
正直言って『中国笑話集』や河出文庫の『新・十八史略』で出ている話が多かったので興味は半減したが、それでも面白く読むことができた。東晋の王導、王敦、王羲之、その三子、顧愷之など一気に身近になった。
通勤で読むのに使ったため時間がかかったが、楽しんで一気に読むことができる本だと思う。逆に分量がちょっと少ないのが残念か。

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田中優『戦争って、環境問題と関係ないと思ってた』

岩波ブックレットの一冊。
読んでみて現在、イラクで行われている惨状についていかに無知なのか痛感した。おびやかされる生活。「白燐弾」「電磁波爆弾」「劣化ウラン弾」などの最新兵器の恐怖。戦争を生む石油利権構造。兵器開発実験による地球そのものの破壊…。
そして著者は環境問題と不戦問題は不可分だと告げる。それは次の言葉を引用すれば十分だろう。
「ぼくらがコンビニでレジ袋を断っている頃、どこかの戦闘で、町そのものが破壊されている。
ぼくらが省エネのために電気を消している頃、どこかの実験で地球そのものが破壊されている
ぼくらがリサイクルのために分別をしている頃、戦闘機は莫大な石油を消費し、二酸化炭素を排出している。」
そして第6章で述べられる市民レベルでの取り組み、著者の高い見識と実行力を示している。
65ページの薄い本だが、大変に有益であった。

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湯川・朝永生誕百年企画展委員会編『素粒子の世界を拓く』

昨年は朝永振一郎生誕100年であり、今年は湯川秀樹生誕100年の記念すべき年である。
昨年の上野の科学博物館の企画展も行ったが、いつものことだがもっと早く行けばよかった…。GWに行ったのだが、時間が足りず湯川先生の展示しか見られず、翌日にもう一回行き、それでも時間が足りず、二人の戦後の歩みが見られず、GW最後の日にもう一回行った。のべ14時間くらい見ていた勘定になる。
私は物理学徒でもなんでもないが、高校時代に湯川先生の『旅人』、大学時代に「自叙伝」(『本の中の世界』所収)を感激しながら読んだ身で、僭越ながら先生と呼んでしまう。
ひたすら核力の問題を追い求め、ついに中間子論に至った感動、朝永先生の戦後の混乱期の中で「くりこみ理論」を完成させた感動については今さらはじめてでなく、去年の展示のおさらいとなったが、何度読んでもいいものである。
特筆すべきは第6章の京都一中、三高、京大の環境についての記述と、第7章の湯川・朝永以前の「量子物理黎明期の日本」である。特に後者では明治の終わりから大正・昭和初期にかけての量子力学を吸収しようという物理学徒たちの営みが重厚に描かれていて、興味深く読んだ。
終章「二人が問いかけるもの」で、なぜ極東で孤立していた二人が物理学の根本問題について正面突破することができたか?文献上だけで国際的なフロントと同期していた、という問題提起で、私は二人の家庭環境によるものが大きいと感じた。徹底した地理学徒で、それ以外の分野でも読書家で本を入れるスペースが足りなくなるたびに引越ししていた小川琢治(湯川秀樹の父)。高潔な人柄で知られたと哲学者朝永三十郎(朝永振一郎の父)。この二人を父に持ち、旧制高校の時代からドイツ語の原書で、大学に入ってからは論文で(量子力学の本はまだ日本にない)独自に勉強していた積み重ねが、若くしての大発見を生んだのであろう(そういえばアインシュタインも自学自習である…)。
長らく埃をかぶっている朝永先生の日記(全集の別巻)でもひもときたくなった。
日本の科学が西洋に追いつき、それだけでなく素粒子物理という新しい分野を切り開いたか輝かしい金字塔として、月並みな表現ながら湯川・朝永の名は長く、広く記憶すべきであろう。

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