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『日本唱歌集』岩波文庫

最近早起きしているせいか、通勤の帰路の車中が眠くなるので、帰路専用に適する本を在庫の本からほじくりだして投入したのがこの本である。
たわいないと言えばたわいないが、仕事帰りの車中で、素朴でまた歌い覚えのある歌詞を目で拾っていると心が和んでくる。
明治7年という早い時期に「ちょうちょ」が作詞されていることも目を引くが、印象的なことが二つある。
明治時代の日本人はまじめだなあということ。国全体の雰囲気が現在と違っていたのだろうと感じる。
例えば次の歌

  皇御国  加藤司書/里見義

すめらみくにの、もののふは
いかなる事をか、つとむべき
ただ身にもてる、まごころを
君と親とに、つくすまで。

皇御国の、おのこらは
たわまず、おれぬ、こころもて
世のなりわいを、つとめなし
くにと民とを、とますべし

こういう歌を小学校で歌わせるわけだから、何というか意識が今とは違うとしか言いようがない。

それから昔は身の回りの自然が豊富だったことだ。例えば次の歌

  夏は来ぬ  佐佐木信綱

うの花におう垣根に、ほととぎす
早もきなきて、忍音もらす 夏は来ぬ

さみだれのそそぐ山田に、早乙女が
裳裾ぬらして、玉苗ううる 夏は来ぬ

橘のかおるのきばの窓近く
蛍とびかい、おこたり諫むる 夏は来ぬ

楝(あうち)ちる川ベの宿の門遠く
水鶏(くいな)声して 夕月すずしき 夏は来ぬ

さつきやみ、蛍とびかい、水鶏なき
卯の花さきて、早苗うえわたす 夏は来ぬ

現在、どれほどの子供が卯の花や田植えや蛍や水鶏(!)で夏を感じることができるだろうか?時代が違う…。
明治から昭和にかけての唱歌を味わいながら二週間ほどかけてめでたく読了。
(この項、さるブログのコメントで書いたことをほぼ再録した)

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