トップページ | 2007年8月 »

2007年7月

水のパッヘルベル

パッヘルベルと言えばカノンで、私は大学1年のときにはじめて聴いたが深い印象を受けた。
社会人になってから他の曲も探して聴いてみたが、水のようでどの曲も起伏がなく面白いと言う感じを受けなかった。
この年になると少しは良くなったか、時々取り出して聴いているときがある。
「炎のコレルリ」と好対照。
でもカノンの作曲者なのだから、この人は名作曲家だろう。

| | コメント (0)
|

土用丑の日

今日は土用丑の日。
雨もよいだ…。雷雨だ。

| | コメント (0)
|

『米軍提督と太平洋戦争』続き

今日は潜水艦隊司令長官ロックウードと、参謀伝を読む。
ロックウードは少尉の頃からA2という8人乗りの初期の潜水艦に乗っていた生粋の潜水艦乗りであった。潮っ気が強く、「実行の人」。大戦初期の魚雷の問題点を実験で解決した。「アンクル・チャーリー」とあだ名される明るい人柄であった。
米軍では重要ポストに潜水艦キャリアの者が多い、と。キングやニミッツもそうだ。
参謀任せにせず、直接トップ会談を行なう米英の習慣。日本もそれをやっていれば良かったのにと思わざるを得ない。

| | コメント (0)
|

炎のコレルリ

朝、コレルリの合奏協奏曲Op.6を聴いた。その2番はいかにも「夏の朝」という感じでそういうあだ名で呼んでいる曲だ。
私はバロックはたいてい「暗い」と感じてしまっていたが(特に若いときはそうだった)、コレルリだけは例外であった。格調高く典雅であるにもかかわらず情熱的で明るい。
作品5の諸曲も、激しい曲は吹き上げる炎を感じさせる。
作品1から作品6まで揃え(といっても1から4はほとんど聴かないが)、ことあるごとに取り出して愛聴している。聴くたびに良いと思う。
モーツアルト、スーザ、コレルリが私の聴くクラシックの三本柱だ。ただ最近は前古典派の諸曲に押され気味ではあるが。

| | コメント (0)
|

フリードリヒ大王

といっても治世の話でなく、音楽の話。
大王作曲の音楽を朝に聴いている。気品あり、典雅で私は好きだ。
国王としての政務をこなしつつ、ここまでの域に達しているのだから大変なものである。
伝大王作曲の行進曲も楽しい。

| | コメント (3)
|

谷光太郎『米軍提督と太平洋戦争』

休日にはたっぷり本を読みたいものだが、平日読んでいた本は休日になるとパタッと駄目になるので、平日と休日と分離して読むようにした。

最近の休日に読んでいる本がこれ。600ページ以上もある大部な本で、ようやく2/3くらい到達したが、提督だけでなく大統領や文官の海軍長官まで取り上げられていて興味深い。難を言えば生涯の履歴が長くて、戦歴のところがあっさりと記述されているところか。

特に目に付いた興味深いところは、

○年功序列が打破されている

米国海軍の提督は平時が少将で、ポストに応じて中将、大将になることは周知のとおりだが、それにしても例えばハルゼーがニミッツの一期上になるなど、先任順の序列でがんじがらめの日本海軍では考えられないことだ。現在話題の実力主義、成果主義の考えはアメリカでは60年前に定着しているというのを感じた。

○体ぼろぼろ

終戦後、激務がたたって脳出血で寝たきりになったキング作戦部長、ノイローゼになり自殺したフォレスタル海軍長官、激務を和らげるため酒びたりになり性格も短気になり「テリブル(鬼)」とあだ名されるようになったターナー上陸軍司令官など、当然のことかもしれぬが米軍にとっても決して楽勝ではなかった。また、アメリカ社会の厳しさというものを感じさせる。

意外に「戦意不足」で更迭された提督も多い。ハートアジア艦隊司令長官、フレッチャー機動部隊指揮官、ゴームリー南太平洋艦隊司令官など。

この本のように、日本の提督たちの出身、履歴、戦歴をまとめた伝記があるとありがたいものだ。前線に出ている人はもとより、軍政などで力を振るった人なども含めて。

| | コメント (0)
|

セミ初鳴

昨日通勤途上でミンミンの初鳴を聞く。

| | コメント (0)
|

大暑

今日は大暑だ。
梅雨空で、全然そんな感じがしない。

| | コメント (0)
|

『日本唱歌集』岩波文庫

最近早起きしているせいか、通勤の帰路の車中が眠くなるので、帰路専用に適する本を在庫の本からほじくりだして投入したのがこの本である。
たわいないと言えばたわいないが、仕事帰りの車中で、素朴でまた歌い覚えのある歌詞を目で拾っていると心が和んでくる。
明治7年という早い時期に「ちょうちょ」が作詞されていることも目を引くが、印象的なことが二つある。
明治時代の日本人はまじめだなあということ。国全体の雰囲気が現在と違っていたのだろうと感じる。
例えば次の歌

  皇御国  加藤司書/里見義

すめらみくにの、もののふは
いかなる事をか、つとむべき
ただ身にもてる、まごころを
君と親とに、つくすまで。

皇御国の、おのこらは
たわまず、おれぬ、こころもて
世のなりわいを、つとめなし
くにと民とを、とますべし

こういう歌を小学校で歌わせるわけだから、何というか意識が今とは違うとしか言いようがない。

それから昔は身の回りの自然が豊富だったことだ。例えば次の歌

  夏は来ぬ  佐佐木信綱

うの花におう垣根に、ほととぎす
早もきなきて、忍音もらす 夏は来ぬ

さみだれのそそぐ山田に、早乙女が
裳裾ぬらして、玉苗ううる 夏は来ぬ

橘のかおるのきばの窓近く
蛍とびかい、おこたり諫むる 夏は来ぬ

楝(あうち)ちる川ベの宿の門遠く
水鶏(くいな)声して 夕月すずしき 夏は来ぬ

さつきやみ、蛍とびかい、水鶏なき
卯の花さきて、早苗うえわたす 夏は来ぬ

現在、どれほどの子供が卯の花や田植えや蛍や水鶏(!)で夏を感じることができるだろうか?時代が違う…。
明治から昭和にかけての唱歌を味わいながら二週間ほどかけてめでたく読了。
(この項、さるブログのコメントで書いたことをほぼ再録した)

| | コメント (0)
|

小塩節『自分に出会う ある生い立ちの記』

ドイツ文学者の小塩節先生の温顔に接したのは平成10年のNHK人間大学「愛の詩人ゲーテ」であった。ユーモアと薀蓄、悠揚迫らざる物腰に、「こんな人になりたい」と思わせたものであった。あるとき別な本で「苦の多い人生行路」というようなことを書かれていたので、私などと違い、文学と音楽で生きてこられたのだからどうなのだろうかと思った。それでこの本があることを知って購入した。
小塩先生の幼少の日からドイツ留学までの日々の思い出の記であるが、文面に味わいがあり、日常生活の潤いとなった。
この人は旧制高校最後の世代であるが(一年間だけ在学)、「日本アルプスがきれいに見える」というだけで叩き起こされる寮生活など、印象的なエピソードもあり、「この一年は、私の生涯を決定づける一年だった」という。
当たり前だが語学についても、語学への愛をもってみっちり勉強しているなーというのを感じた。
楽しく心豊かに読了。注文して取り寄せた甲斐があった。

| | コメント (0)
|

「家庭教師(かてきょー)ヒットマン・リボーン」

土曜日の朝10時半からテレビ東京でやっているアニメ「家庭教師(かてきょー)ヒットマン・リボーン」をひょんなことから見ている(その時間いつも出かけているので録画してだが)。
主人公のお母さん役に、声優の深見梨加さんが出ているので、それが目的だったのだが、見てみるとなかなか面白いのでついつい毎週見てしまう。

ダメ主人公が友人たちの力を借りて成長していくという典型的なジャンプのマンガであるが、「死ぬ気弾」というのを打ち込まれると死ぬ気でがんばるという設定と、脇役の面々の個性が面白い(特に獄寺君というダイナマイトを投げつける少年と三浦ハルという「はぎー」と奇声を発するズレてる女の子)。その他の登場人物も山本にしても京子にしても、いかにも中学生くらいの男の子、女の子という感じで好もしい。テンポ良いテーマ曲も良い。

でも我々が子供の頃のマンガに比べて、設定がはるかに細かい。例えば「ど根性ガエル」のひろしの上の名前は何というのだろう?何中学校に通っているのだろう?誕生日は?ゴリライモの本名は?すべてが不明である。
でもこの作品にはいろいろ細かい設定があって、公式ブログやウィキペデイアを見てある程度「学習」したが、でもアルコバレーノが誰かとか、よく出てくるランキングの少年の名前などとても覚えられない。日本アニメもどんどん進化しているというべきか…。

| | コメント (0)
|

七夕は旧暦で

今日は七夕である(このブログは歳時記ブログか?)。
笹に短冊をつけているのを街で良く見かけるのは風情があるものだが、でも本来七夕は「秋の」行事なので(7、8、9月は秋)、まだ夏も到来していない梅雨空の下に笹飾りが揺れているのは何かマッチしていないものを感じる。丁度今日は二十四節気の小暑だが、6月の節気である小暑と七夕が同居しているのもヘンなものである。
来月の8月7日ころに「星祭り」のようにして盛大に行なわれるのがやはり良いと思う。

| | コメント (0)
|

半夏生

今週の月曜日は雑節の一つ、半夏生(はんげしょう)だった。
関西では蛸を食べる風習があるらしい。
歳時記をめくって復習してみたら、秀句が載っていた。

夕虹に 心洗はれ 半夏生    八島英子

| | コメント (0)
|

ブログ開設

全く青息吐息だ。ここまで漕ぎ付けるのに。
昔から自分のHPが持てればいいなあと思い、ブログというものができてからはやってみたいと思っていて、少なくとも去年の7月頃には確実に思っていて、基礎研究をのろのろと進め、どのブログサービスを選ぶか七転八倒し、検討終了いざ開設となったら編集画面に入れない。いろいろ調べた挙句IEをアップデートしてやっと編集可能となり、開設をみたという次第。
「毎週書く」がとりあえず目標です。

| | コメント (0)
|

トップページ | 2007年8月 »